攻防の夢

小学5〜6年の頃だったか、自転車に乗っていて有刺鉄線に突っ込んだ。
突っ込んだといっても、フラフラ〜・・バシャ!程度なので手足数ヶ所の軽い怪我で済んだのだが・・。まぁ子供特有の、落ち着きなく注意も何もあったものじゃない走り方だったのだろう。

昔は其処かしこに空地や資材置き場などがあり、多く子供の遊び場ともなっていた。管理地だろうが私有地だろうが子供にとってはフリーパスである。

大人の方も危険や問題を感じれば叱って追い払おうとするが、悪意や私欲でそうすることは少ない。 日がな一日監視しているわけにもいかないので、余程キツく叱りでもしない限り数日後には黙阿弥である。管理者側からすれば頭の痛い問題でもあるが、些かの怪我をした程度で 一々ねじ込んで来る親も少なかったので・・、まぁそのまま・・ユルい時代である。

損害賠償だの管理責任だの、社会的なシステムストレスが高まるに連れ、”大目に見る” なんてこと言っていられないようになり、空地の多くは柵で囲われ、場所によっては有刺鉄線が張り巡らされることとなった。

いうなればクレームからの防衛策でもあり、(有刺鉄線そのものが上記のような怪我の元となり、それさえも一般市街地では使われ難くなったが・・) 我が身を守るためのロックネットともいえよう。

 

これらは、人間と人間の間で交わされる攻防? でもあり、まぁ、世の中 色々と意見もあるのだが、これが人間と人間以外・・ともなると話はまた別、極めてさっぱりしている。何せ相手は害虫・害獣認定を受けた虫や動物たち。あれやこれや我を押し立ててくるクレーマー様たちではない。 被害を被るのはあくまで人間側という(ある意味 一方的な)立場に立って様々な工夫が凝らされてきた。

昭和時代の防虫対策といえば「蚊帳(かや)」そして「蠅帳(はいちょう)」だろう。
どちらも、その名のとおり “蚊” 及び “蝿” を避けるために考案されたものだ。

蚊帳は人を蚊による害から守るもの。刺されれば痒くなる・・程度ならまだしもマラリアなどに感染すれば生命の危険に晒される。人間を最も死に至らしめる動物とは毒蛇でもなければジョーズでもなく蚊であるそうだ。古来から人と蚊の戦いはずっと続いてきたのである。

蚊帳の歴史は古く奈良時代には既に使われていたというから(但し貴族階級のみ)千年以上の歴史をもつ。 江戸時代に入る頃にはかなり一般化され 武士や庶民も使っていたようだが、貧民層や地方農家などまで行き渡るまでには まだ時間を要したといわれる・・。

 

昭和時代の蚊帳・・ということになると、懐かしい想い出を抱えている人も多かろう。

要するにまだ “クーラー(当時はそう呼ぶことの方が多かった)” が普及していない時代。夏場の夜は多かれ少なかれ窓や扉を開け放ち、通風をよくするしかない。後は団扇で扇ぐか扇風機の出番となる。

熱帯夜ともなるとまさに身に感じる熱帯夜である。 ・・が、まぁ暑いには暑かったが、現代の暑さほどではなかったようにも感じる。まだ “夕立” もあったし夜半にもなれば、扇風機で何とかなるくらい多少なりとも涼やかだったのだろう。 人間そもそも、ある程度の範囲内でなら、多少の辛さには馴化してゆくものだ。

寝床を用意して蚊取り線香を点ければ “おやすみ” の用意完了である。
しかし、通風が良い(そもそも家の気密性が現代ほど高くない)状態なので、線香の煙も些か拡散。その煙の隙を掻い潜って蚊はやって来る。

それを忌避するために張られるもの・・。天井の四方から吊られた蚊帳は、ごく薄く細かな網で区切られた寝所でしかないのだが・・、子供の目から見ればまるで “部屋の中に作られた小さな部屋” のごとく不思議な空間であり、なおさら内部は布団で満たされているからか・・大袈裟に言えば “特別な場所” のように感じられたものだ。 「大人しくして寝なさいw!」そう言われるまでの間は、ちょっとした “夢” のような時間でもあったのだろう・・。

出入りする子供たちに混じって迂闊に蚊が入って来ないよう “網をたくし上げるときは小さく、ささっと出入り” するよう言われたことを思い出す・・。

 

食卓の上に掛ける蝿帳(傘状のもの)は 昭和時代に開発・発売されたものだが、それ以前は 同じ蝿帳の名でも水屋(網を張った食器棚)タイプのものが多く利用された。 時代を遡るほど蝿や蚊の量も多く感じられるし、江戸期以前などはどうしていたのだろう?と思うが・・、そもそも傘状の蝿帳は、作った食事を一定時間置いておく際に用いるもの(作り置き)。 昔は食事が用意されれば “とっとと食う!” のがセオリーだったのかもしれない・・w。

蝿帳・・ではないが、同じく蝿除けとして使われたものに「ハエ取りリボン」があった。天井などから吊り下げて使うものだが、こちらは防ぐというより “くっつけて捕る” というもの。後年の “Gホイホイ” に連なるものである。 くっついた蝿がそのまま目に触れるため次第に使われなくなったが、視覚的問題もさながら、そもそも蝿そのものの減少によって “蝿帳” 共々 普及率は下がっていった。

・・が、この世から完全に蝿が居なくなったわけでもなく、少なくなったとはいえ、未だ住環境に入り込むこともあるからか、「蝿帳」も「ハエ取りリボン」も販売継続中のようである。長く見なかったせいか、これには少し驚いた。

アルミサッシの網戸、そしてエアコンが普及したことで家庭内における「蚊帳」の出番は無くなったが、現在でも キャンプなどアウトドアの楽しみで重宝されており、販売も続けられている。住宅街の近くの “藪” が減ったことなどから “蚊” そのものも多少現象したが、蝿に比べればまだまだ活発である。 これから先、何らかのアイデアや環境の変化で家庭内の “蚊帳使用” が、見直される時がまたくるかもしれないな・・。

そうしたら、幼い子供持ちの家庭などでは、またあの日のような夢が再現されるのだろうか・・? (^^)

 

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