才覚

まこと 噺家などというものは “才覚” がその大半なのであろう。

只、ここで言う “才覚” とは単に話術が得意とか、人の興味を誘うことに長けているなどという限定的・表面的な話ではない。 話すことが苦手な者が 噺家になるには相当の覚悟と努力が必要であろうが、過去にそういった事例がないわけでもなかろう。 技術で長じているのは有利ではあるが、必ずしも大成に結びつくとは限らないものだ。

 

彼は元々 話芸達者であったのだろうが、それにも増して世に出ることに並々ならぬ熱意を抱き、そして それを実行する能力・行動力を有していたようだ。

それ故に 落語家であるにも関わらず、落語以外の仕事に精を出し そちらの方で名が売れてしまった。 落語家であることを押し立てていたが実質的にはタレントであり、そしてラジオ・パーソナリティーであった。古くからの落語ファンの目には軽率に映ったであろうし、私もまた そのような印象を持っていた。

しかし、彼の話術は(特に若い世代の)大きな支持を得ていたし、実際に面白かった。さらに彼のトークは世情様々な話題を取り込み、尚のことそれを “人の内なる情と欲” に落とし込みながら、彼独特のノリに反映させてゆくという、アップデート型の話法を発展させていき万人の欲するところとなった・・。

話芸55年にして未だ入門時に授かった初名をそのまま通し、今は “本業” 落語家としても円熟の芸を見せる その人の名は『笑福亭鶴光(しょうふくてい つるこ)』である。
別名「エロカマキリ」「長方形師匠」ともいう・・。

 

落語家としての正式な呼び名は「つるこ」、タレントとしての活動時は「つるこう」だそうな。ご本人は割と厳格に使い分けておられるそうだが、一般的にはほぼ「つるこう」なのではなかろうか・・。

上記のごとく、デビュー後は正直なところ落語家でありながら落語家の印象が薄かった。当時の若者の姿を色濃く反映させた “長髪” のままがトレードマークでもあり、それが若者世代に共感を持たれたのであろう。 当時はバラエティ番組「ヤングおー!おー!(YOUNG OH! OH!)」もクランクインされ、古くからの芸人のあり方が大きく変わり始めた頃であり、その一流を担った形ともいえる。

兄弟子である笑福亭仁鶴が「オーサカ・オールナイト」、そして “ヤンリク”「ABCヤングリクエスト」(朝日放送ラジオ)でブレイクすると、鶴光も “ヤンタン”「MBSヤングタウン」(MBSラジオ)、「オールナイトニッポン」(ニッポン放送)などで人気のパーソナリティーとなった。 深夜ラジオに耳を傾け、笑いに包まれた濃密な時間を過ごしたご同輩も多かろう・・。

 

その後も、タレントとして、歌手として活動を続けていた彼だが、いつしか往時ほどの露出は減っていったように思う。代替わりの激しい芸能界ゆえ、それも致し方なしなのであろうが、しかし彼はその間、本業である “落語” の方にもかなり力を注いでいたようだ。

現在見る 彼の風格には往時の軽妙なノリを残しながらも、年月を注ぎ ありとあらゆる浮世の性(さが)を知り尽くした男のゆとりがある。 そして、冒頭で触れた “才覚” とは、まさに こうした人の生き様の中にこそ宿っているものなのだろう。

とある、古い時代の落語にまつわる話で こういうものがある。

師匠のもとに弟子入りを希望してやって来た二人の若者。ひとりは根っからの真面目性分で稽古事にも真剣、題目の覚えも早く機転も利く。 しかして もうひとりは根は真面目で気性も良いものの、普段からボ〜ッとしていることも多く 何より物覚えが悪いため、一つの軽い題目を覚えるのにも他人の何倍も掛かってしまう・・。

そして、試用期間を終え正式に弟子入りを定められる日・・。師匠が弟子にと取ったのは “ボ〜ッとした” 方の若者だった・・。

気の利く方の若者に対して 師匠曰く「お前は真面目で気が利く性分を活かして、他の真っ当な商売を選んだほうが良い」 「落語には “フラ” といってな、ちょっと抜けたくらいの人間の方が合ってるんだ」・・。

ここでいう “フラ” とは 単なる間抜けという話ではなく、生真面目に過ぎて自らの思考・行動、ひいては人生そのものに一定の制限や合理化を課してしまわないような、自由な人となりを言うのかもしれない。 自由であり不器用であるがゆえに見えてくる人や世間の綾というのもあるものだ・・。

 

大成した噺家には “フラ” に極まるような人が少なくない。時にそれは家族や周囲の人間に多大な苦労をかけてしまうほどに・・。

しかし、彼らは そのフラから得られる世のしがらみや人の心の綾を見事にその芸に反映してみせる。 合理的、常識的、クリーンに生きる人間からは決して生み出すことの出来ない “異能の芸力” を発揮するのだ・・。 それは悲しくも輝かしい 職人の才覚なのかもしれない。

 

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