「荘」 “ソウ” または “ショウ” と読むことはご存知のとおり。
草冠から分かるとおり、草木が勢いよく生い茂って形作るところから、地方における貯蔵庫や家屋を意味している。

滅多に使わないので認識にないが、訓読みでは “おごそか” とも読む。イメージからしてちょっと意外だが「厳か / おごそか」と字義は近いところにある。

他に “しもやしき” とも読むそうだ。中世において下級の者の家や蔵を指す。
「荘」で思い出されるのは 中学校で習った “荘園” か、もしくは集合住宅 “◯◯荘” いわゆる “アパート” であろうか。いずれにせよ一定の規模の耕作地や居住まいに基づくものであるのは間違いないようだ。

 

近年「荘」の文字が付いた集合住宅が作られることは稀になった。 “◯◯アパート” というのもかなり少数派であろう。 形態的にも入口・玄関が一つで各戸は廊下・階段でつながれる “下宿型アパート” は最早 文化財扱いに近い。(管理型マンションは、セキュリティ対策で その名残りを留めているが)

昭和も40年代後半からコンクリート造りのものは「マンション」の呼び名が一般的になり、うちに木造のアパートなどでもマンションを名乗る物件が散見された。

その内「ハイツ」だの「コーポ」だの「ヴィラ」だの「レジデンス」だの、様々な呼称が現れて現在に至る。 元々の字義はともかく昭和時代の一般的なそれらは「アパートメント」の意味に集約される。 要するに “共同住宅” “慎ましき我が家”、 広かろうが狭かろうが、そこは “住めば都” 人々の生きる基点、くつろぎの我が家である。

かく言う私も人生の大半が借家住まいである。持ち家を考えたこともあるが諸々事情により、ずっとマンション住まいである。年月を経て今度は親の持ち家の処遇を考えなければならない歳になった。

 

幼い頃、”団地住まい” の友達が羨ましかった。囲まれた中庭に公園もあり、見上げる多層階の建物に “未来的な何か” を感じていたのかもしれない・・。

事程左様に「荘」は アパートの形態か否かに関わらず、人々の暮しと喜び、悲喜交々の人生が息づいている拠り所なのでもあろう。 駅を降りて歩き、タバコ屋の角を曲がれば “自分の荘” が待っているのだ。

 

フォトアーカイブ 昭和の公団住宅

当時としては “高級” だったのだろう・・。

 

 

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