風貌

パソコンの前に座って仕事をしている。外出して多少身体を動かす仕事もあるが極まれで、大半屋内で日がな一日カチコチやっていることが殆どである。

出来るだけ歩いたりするように心掛けているが、生来の運動不足が祟って万年腰痛&肩凝り持ち・・、結果的に歯と歯茎にも影響が出て来る始末、やれやれ歳は取りたくない・・などと言ってみたらば年上の方から「黙れ若僧!」とか叱られそうだ・・w。

 

先日の記事でテレビを殆ど見ないと書いたが、それでも時折 食事時以外の時間についていることがある。 何かの都合で消し忘れ、もしくは流している状態なのだが、そんな時 目に入ってきた番組「仮面ライダー」・・、現代の仮面ライダーはCGを駆使した演出も華々しく、内容も随分と凝った流れになっていて、採石場着ぐるみバトルの初期ライダーとは隔世の感がある。

只、何故だろう、何処となく、ほのかに漂う “違和感” が拭えない。
ストーリーがどうとか、キャラクターが多過ぎるとか そういう話ではない・・。
あれこれ考えているうちに その原因が解った。主人公たちが若過ぎるのである。

否、正確には演じる彼らが若過ぎるのではなく、見ているこちらが年を取ってしまったのだろう。 現仮面ライダーリバイス役 “前田拳太郎” が22歳、昭和1号仮面ライダー “藤岡弘” が当時25歳、2号 “佐々木 剛” 24歳と、その差に大した開きはない。

それでも、そこに年齢的な違和感を感じるのは、夢の活劇に見入っていた当時の自分(少年)から見れば “本郷猛” も “一文字隼人” も、カッコいい “お兄さん(それもチョイおじさん寄りに見える)” であったのに対し、現在のライダーは自分の子よりずっと若い世代の人、・・という、脳内の固定概念によるものだろう。

 

しかし・・だ、どうもそれだけでないような気もする。
同じ年齢でも時代によってその見え方が違うような気がするのだ。

その想いを強くしたのが以下の写真、有名な画像なので目にされた方も多かろう。
ご存知、昭和の人気刑事ドラマ「太陽にほえろ」の面々・・

 

全員とは言わないが、年齢に対する風貌が破格の方が多いように見える。

小野寺昭 が28・32歳というのは まあ妥当だと思うが、山さん / 露口茂 の40・44歳のシブさはどうだ? 長さん / 下川辰平 の43・47歳も今の自分位の歳の老練さを感じる。 石原裕次郎 に至ってはまさにボス! 40前後でこの風格、頭が上がりそうにない。

プラス もう一枚の画像がこちら

村松キャップ(小林昭二)36歳・・ ライダー呼ぶところの “おやっさん” のごとく、30代半ばとは思えない老成と頼り甲斐を感じさせる。 ”おやっさん” というか、昔のイメージにおける “お父さん” だなこれは・・。

 

何故、彼らがこれほど老成を果たして(言い換えれば老けて)いるのか・・?
思うに、もしかすると彼らが老けているのではなく、現代の人間が “若見え化” しているのではないか?

昔よく見掛けた、腰が曲がりきって乳母車を突いて歩く “おじいさん・おばあさん” の姿はめっきり少なくなった。 医療の発達だか意識の向上だか 今時70・80代でシャキシャキ歩いて旅行に出掛け、山登りに興ずる様は極ありふれた風景である。

人生100年時代だとか お上が盛んに宣伝しているが、事実上 現在の平均寿命は90歳といって差し支えない状態になっている。 過去に比べて人生が大幅に間延びしているとともに、当時の 型にはまった生き方とは異なる、様々な価値観と可能性の中で過ごして “若さを保つこと” が、いつしか具現化しているのではないだろうか。

私の贔屓の “主人公” といえば「遠山の金さん」演じた “中村梅之助” であり、「仮面ライダー2号」”佐々木剛” である。どちらも現代の主人公像から見ると少々 “丸顔” である。

二人に限らず “大瀬康一”、”宇津井健”、”石原裕次郎”、”市川右太衛門”、”片岡千恵蔵” 、昭和中期を彩った主人公たちは気概に満ちた “丸顔” が多い。ヒーローに “度量と力強さ” を求めた時代の理想像ゆえの顔立ちか・・。

“孤高の力強さ” から “親しみやすいスマートさ” へと、時代の変化に沿うかのように 求められる理想像も変わりその顔立ちも移り変わる。

それとともに、人間の生活文化や寿命までもが、人そのものの風貌に影響を及ぼし、シワひとつの刻み方、そこから発せられるオーラにまで変化をもたらす・・。

私の勝手な考えなので確証性など微塵もないが、もし仮にそうだとしたら、この先30年後 50年後には、どのような風貌の人々が世の写し鏡となっているのだろう・・。

(文中 敬称略)

 

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