妖光のガイコツ君

仮面ライダーの元々のオリジナルデザインが “スカルマン” であり、”ドクロ” をモチーフにしていたことは有名なエピソードである。 企画営業上の理由で却下され “バッタ” のモチーフへと変えられたが、そのまま “ドクロ” デザインでスタートしていたら、その後、半世紀に続くシリーズはどうなっていたのだろう・・

世に出られなかったスカルヒーローと異なり、昭和40年代、世を席巻した(・・と、言うほどでもないが・・) もうひとつの “ドクロ=ガイコツ” があった。

こういうやつ・・
当時を過ごされた方ならば、一度や二度見掛けられた、持っておられた方も多かろう。

何がどうということのない簡易な品物だが、・・キーホルダーであるとともに、関節部分をリング留めしたことでクラクラ動く・・元々、不吉なものであり慄くべき対象であるはずのガイコツだが、宙ならばクラクラ、机上に置けばヘチャーッと、滑稽に頼りなさげに振る舞う様が何とも異様であり、面白くもあった。

このようなもの誰が考え出したのだろう・・

当時の日本は大手企業の躍進もさることながら、下町の小さな町工場、それこそ “四畳半メーカー” と呼ばれる業態までもが 元気に動いていたので、そういった名の知れぬ(いわゆる “地上の星” ?)な方の発案だったのか? それとも “ガイコツ” というデンジャラスなネタから海外から移入されたものだったのだろうか・・?

 

この キーホルダー “ガイコツ” 君、クラクラ動くこと以外に もうひとつ特徴があった。

全てのガイコツ君がそうとは限らないと思うが、”蓄光塗料” が塗られて(素材に練り込まれて?)いるものが多かったのだ。

明るい場所で光を当てておくと、一定時間、暗い場所で仄かな光を発光する “蓄光塗料” 、暗闇の中で微妙な光を放ちながら、クラクラ揺れ動くガイコツの姿をオフクロが嫌がっていたのを思い出すw。

画像 © Wikipediaより

この光、蓄光塗料は その性質からか淡い青緑で発光するものが多かった。
日常の生活であまり見かけることのない色、”燐(りん)” の発光を思わせるからか、通常とは異なる不思議な感覚を呼び覚ます・・。

(蓄光塗料に含まれる成分は、1950年代位まで健康や環境に与える影響が懸念されたものの、それ以降使われているものは無害なのだそうだ)

考えてみれば、現在でもアクセサリーなどの小物、夜間・停電時誘導における表示などで用いられる蓄光塗料だが、当時は子供向けの安価な玩具や付録製品にもよく使われていた。
駄菓子屋などで手に入るカード類などでも多く、自分のお気に入りは “ウルトラセブン” 、颯爽と荒野に立つセブンから放たれたワイドショットの図柄、光線の部分だけが蓄光塗料で塗られており、部屋の明かりを消すと鮮やかなビームを映し出すものだった。

 

長い間あの神秘的な光を見ていない。
現在でも子供向けの玩具に使われているのだろうか・・。自分の子供たちが小さい頃の持ち物をみな知るわけではないが、あまり見なかったような気もする。

妖しい光に揺れるガイコツ君、思えば何故あんなものが流行ったのか よくは分からない。上で書いたような面白さや目新しさといったところなのか・・。

只、ひとつ思い当たるのは(直接的な関係は無いが・・)当時、大ヒットしていた “ザ・フォーク・クルセダーズ” の歌「帰ってきたヨッパライ」があるのではないかと勝手に思っている。

ある意味革新的ともいえた歌曲(フォーク音楽の一種でありアングラ・フォークというらしい)、早回しの歌唱や当時の常識では考え難い歌詞を、軽快・呑気なメロディーに乗せて世間の注目を集め、一時 聞かぬ日はないほどテレビやラジオで流れていた。

酔っぱらい運転で事故死した主人公が、召された天国でも飲酒や遊興に耽っていたため現世に戻されるというジョークな内容で、ガイコツ君とは何の関係もないのだが、流行っていた時代が近いからか、私にはこの二つのイベントが濃厚に重なってならないのだ・・。

(因みに歌の中で登場する関西弁の神さまの声は北山修 氏によるものだが、私にはどうしても岸部シロー 氏の声に思えてならない・・w)

“ガイコツ君” にしろ “帰ってきたヨッパライ” にしろ、それまでに無かった目新しいものが次々と世に芽吹き、一世を風靡するパワーに溢れていた昭和時代、しかし、輝く時代は同時に 新しいもの、新しい考えがもてはやされる世風が築かれていった時代でもあった。

ガイコツ君はそんな昭和の力強さと・・一抹の浅はかさを暗闇から笑うシニカルな役者だったのかもしれない・・。

 

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