短命の狼

実際には昭和54年(1979年)から始まっていたようだ。
しかし、世間の耳目を集めファンのみならず、それまで興味を持っていなかった層や子供たちにまで、その存在を知らしめたのは57年(1982年)以降のことであろう。

国内モータースポーツというものに対し、国民的な関心があまり広くない この国で、テレビ番組やCM、スケールモデルやプラモデル、漫画と、それまでになかった影響を大きく残したのは、後にも先にも このレーシングイベントだけだったようにも思う。

 

『シルエットフォーミュラ』

“グループ5” で行われていたレースを母体として生まれたレースカテゴリー、一般市販車を基に改造を施したレース車両であったために、一般の人々にも馴染みやすく興味を惹きやすかったのかも知れない。

しかし、その内容はとんでもないシロモノ、市販車を基にといってもその面影を残すのは、ほぼボディ外観のみであって、シャーシから足回りは言うに及ばず、エンジンに至っては500~600馬力に至るレース専用設計のものが積まれていた。

まさに “羊の皮を被った狼” ・・と、言いたいところだが、”皮” 自体もかなり挑戦的な装いで、カクカクイケイケ “戦闘機かな?” レベルのモディファイチューン、(社会人デビュー=車購入)だった当時の若者たちのハートにトドメを刺した。

日本の『シルエットフォーミュラ』において象徴的な役割を果たした・・といえば、やはり「TOMICA スカイラインRSターボ」であろう。 ”JAPAN” の愛称で売れに売れた先代C210型の跡を意欲的に受け継ぎながらも、”4気筒エンジン” であったことにブータレられ、挙げ句 “オッサン・スカイライン” などと言われかけていた、初の “R型” のイメージを根底から覆すことに成功した。

TOMICAカラーとも言われる真紅と黒のツートーン、ギンギンのシルエット、そして、ボディサイドから吐き出されるターボの爆炎は、観客も座外のファンも(&スポンサー)をも熱狂させるに充分であったのだろう。

因みに私個人としては、当時 偶々、A40型セリカ(4年落ちの中古)に乗っていたこともあり、「RA40系 セリカLBターボ」を推しておく。 “青一色” の鮮烈なカラーと、スカイラインに負けず劣らずのド派手デザインが記憶に残って止まない。

 

話題は漫画にも影響を与え、「よろしくメカドック」は最たるものだろう。当時、雑誌で私も楽しみにしていた。 漫画なので細かいことは言いっこなし・・のだが、「いすゞピアッツァ・前後ダブルエンジン」+「(敵)エンジンブレーキがあるので、ブレーキはノーマルで充分!→ 敗」の設定には笑った・・。

サーキットを彩るアフターバーンのごとく、一世を風靡したかのような『シルエットフォーミュラ』だったが、その栄華は短く2年余りのブームのように消え去っていった。
国際的なレースカテゴリーの変更によるものであったが、日本のシルエットフォーミュラも以後、命脈を保つことなくその姿は過去のものとなった。

所詮は “ブーム” であったのかもしれない。されど、少なくとも当時を知る世代において『シルエットフォーミュラ』の存在は、消えることなき影となって心に刻まれている。

個人的にシルエットフォーミュラカーのデザインは、決して成熟したものとは思っていない。 しかし、イケイケドンドン、やれることは全部やる、詰め込めるものは全部詰め込んでしまう、当時の時代背景をも映し出したかのような、大盤振る舞いのデザインは、ある意味 恐ろしいほどの矜持さえ感じさせてくれる。

現代のスマートな時代では決して具現化出来ないような清々しさ、そして爆炎の熱意を秘めていたのだ。

 

 

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