影武者ならぬ光武者

題名のような “言い方” は失礼なのかもしれない。
何故なら ご自身の名とともに数多の作品を残され、漫画・アニメーション界に確固たる足跡を記されているからだ。 超一線級ではないかもしれないが、ほぼそれに近い形で昭和からのコアな漫画ファンには知られた存在だった。

しかし、そのお姿を拝見したことはない。
情報の溢れかえるネット検索でもついにお写真一枚見つけられなかった。
それどころか 2006年に58歳という若さで鬼籍に入られていた・・合掌(-人-)(ー人ー)

彼の名は “石川賢(いしかわけん)” 日本の漫画家である。

70年代中盤、漫画業界・テレビアニメ業界において台風の目ともいうべき存在は、明らかに “永井豪” であった。「マジンガーZ」「ドロロンえん魔くん」「キューティーハニー」そして(特に漫画史に輝く)「デビルマン」など、永井豪とそのプロダクション “ダイナミックプロ” は、過度の仕事量に忙殺される日が続いていた。

そんな中、同じプロダクション発の作品であるはずなのに、どこか一風異なる(少なくとも自分にはそう思えた)ロボットアニメが発表された。『ゲッターロボ』である。

ほどなく少年雑誌の方でも同作品の漫画版が掲載開始されたが、こちらでもやはり微妙な違和感を感じた。 明らかに永井豪の画風なのに何かが違う、永井豪の持つ青天井なあっけらかんさとは異なる、むしろ野生味を押し出したようなタッチと物語の展開に私は戸惑いを覚えたのだ。

見ると「原作:永井豪 作画:石川賢 ダイナミックプロ」とある・・。 ああ、永井豪のお弟子さんが担当してるのか・・。まだ小学生だった私はこう了解したものだった。

事実上、石川賢は永井のアシスタントという位置付けであったのかもしれない。
しかし永井は「弟子などと思ったことは一度もない。戦友であり、友であり最大の味方である」と石川のことを語っていたという ※Wikipediaより

「ハレンチ学園」や「あばしり一家」などで爆発的な隆盛を迎えていた初期永井作品に早くから参加し、長年にわたって永井とダイナミックプロを支えてきた石川の存在は、単なる弟子やアシスタントの領域を超えていたということか・・。

「ゲッターロボ」はその後、主人公の一人が爆裂な殉死を遂げるという、少年誌としては衝撃的な結末を越えて「ゲッターロボG」へと受け継がれる。 私個人の知るところはそこまでだが、作品はその後も新作を重ねて2000年代まで続き、メディアミックスや関連作品を含めると現在も進行中である。(ゲッターロボ牌)

 

その他の石川賢作品となると あまり多くない。否、少ないわけでなく数多の作品を残しているのだが、その多くが原作者付きの作品である。 単名での作品でメジャーの領域に達したのは『魔獣戦線』『魔空八犬伝』くらいか・・。

されど 石川賢のファンは少なくない。
如何なる原作者付きの作品を手掛けても、それらは全て “石川賢 作品” となってしまうからだ。 原作から大きく・・というか突拍子もないほど改変された展開、少々アクが強く とんでもない技を駆使する登場人物と奇想天外(過ぎる)演出、そして突然の打ち切り風?エンド・・。 『魔界転生』で結実したか・・?

全てがそういうわけではないが、石川賢作品の大半が このようなフォーマットの中に収まり展開することで、常に一定数の支持を受け続けているのだ。

 

石川賢とは何だったのだろう・・?
所詮は永井豪を支え続け「ゲッターロボ」のみで名を知られた一介のアシストな漫画家であり、永井の影武者的存在だったのだろうか?

当然ながら それは否である。アシストのみに終始する漫画家は まだ発展の途上であって漫画家としての大成を見ていない。

何を描かせても “石川賢” になってしまうのは、既に本人の世界が構築されているからに他ならない。 それ故に限られた範囲とはいえ熱烈なファンが居続ける。ある意味 玄人好みの作家といえるのかもしれない。

今時、業界向けの写真一枚残さず、家族の言によれば、仕事を家に持ち込まず寡黙で温厚な人物であったという。

58歳というあまりにも早すぎる逝去は惜しんで余りあるが、本人的には “やりきった” 満足な漫画家人生だったのだろう。 2017年から連載が始まった『ゲッターロボ牌』の表紙には「原作:永井豪・石川賢」と記されている。

(文中 敬称略)

 

 

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