Re: キツネとタヌキ

昨年2月、当サイトを立ち上げて間もなくの記事からのリライト投稿であります。ご了承の程を・・

いやもう・・ “おっぱい” である。もう何というか・・エロティカルな意味でなくして “おっぱい” の どアップから始まるエンディングが印象に焼き付いて離れない・・。

半ば眠るかように母の胸に顔を埋める赤子、車に揺られながら只その赤子を慈しむ母、二人をリヤカーに乗せ黙々と曳く父・・、田舎の田んぼ道を朴訥に歩み去ってゆくその姿に、自分自身まだ学童の歳ではあったが、いつ見ても感動を禁じ得なかったのだ・・。

 

『 唄子・啓助の おもろい夫婦 』

1969年4月6日放送開始、1985年3月27日終了とのことだから、16年の永きに渡って・・を踏まえても思いの外 近年に近いところまでやっていたのだな・・というのが正直な感想・・。

実際、小学~中学生の頃に見ていたイメージが強い。

子供なので当然、大人の苦労や結婚生活のしがらみなど無知の彼方だったのだろうが、登場するご夫婦の苦労話を聞いている内に、それなりに、自然に、人生の重みや互いへの思いやりの大切さを学んでいったような気がする。

上記、おっぱいの話は、番組のエンディングで流れる映像である。
当時としても既に古風な演出ではあったが、誠これこそ夫婦の姿、親子の姿、人として守り続けたい家族のあり方を鷹揚に表していたように思える。

昭和時代はこのような “夫婦” をテーマにした人生譚トーク番組も多く、この『おもろい夫婦』の先駆けとも言える『蝶々雄二の夫婦善哉』(ミヤコ蝶々・南都雄二)も秀逸な番組であった。 現在残っているのは『新婚さんいらっしゃい』くらいか・・(と、思って見てみたら、先日3月27日をもって司会の桂文枝 氏が勇退されたそうだ。51年2ヶ月 お疲れさまでした)。

結婚に対する概念や価値観の変化、青少年層を取り巻く社会状況が大きく変化した現在では、とうの昔にオワコンな番組形態なのかも知れない。

 

結婚だけが人生の幸せではないし、結婚しても上手くいかない時も往々にして多い。
人それぞれ、人の幸せのカタチはそれぞれ、なのは事実であるが、同時に人もまた動物・生物であるなら、男女が番うて子を成し命を繋いでゆくのも また基本的なあり方のひとつであろう。

その時代の価値観がどうであろうと、人が幸せを求めて生きる生き物であることに変わりはなく、そのためには人と人の触れ合い 関わり合い、同時に葛藤と融和をなくして幸せに近づくことはできないように思える。 近年聞かれる “適齢期から残りの人生を結婚と単身で比べてどちらが得か?” などの考察も、ひとつの考え方かもしれないが、そもそも計算づくで歩める人生など何処にもないように思うのだが・・

そのうち いつかSF映画のように全く子供が生まれなくなって、人類が衰退してゆく時代が到来するような気がしてならない・・。

 

ともあれ、結ばれた者は山あり谷あり・・ながらも何とか仲睦まじくありたいもの・・。
仲睦まじく・・とまではいかないまでも、それなりに共に人生を築き上げてきた伴侶、出来ることなら、気難しいよりも楽しい時間を分かち合い過ごしていきたいものだ。

番組のエンディングに鳳啓助が詠む詩が、どなたの作によるものなのかは分からないが、まこと夫婦というものの本質を表しているように思える。

何とか頑張って、残りの人生も上手くタヌキを演じることにしよう・・。

『夫婦、不思議な縁(えにし)で結ばれし男と女。もつれ合い、化かし合い、許し合う、キツネとタヌキ。夫婦、おもろきかな、おもろきかな。この長き旅の道連れに幸せあれ…。』

 

 

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