中村主水という男

藤田まこと が一躍世間に知れ渡ったのは言うまでもなく “当たり前だのクラッカー!” でご存知「てなもんや三度笠」である。

白木みのる や 原哲男、財津一郎 との芝居・・というか掛け合いが絶妙なコメディ番組であり、舞台演劇ではあるものの、その後のテレビ業界におけるコメディに与えた影響は計り知れないものではなかろうか。

自分がこの番組を見ていたのは、まだ小学校に上がるかどうかの頃であったので、楽しんで見ていた記憶はあるが、主人公 “あんかけの時次郎(藤田まこと)” “珍念(白木みのる)” を除いて、他の印象は少々薄く霞の向こう側といった感じだ・・。

シリーズ後半では 里見浩太朗 も出演していたというから興味深い。
言わずと知れた時代劇の名優 里見浩太朗だが、この人はフレキシブルな性分なのか「仮面の忍者 赤影」や「キイハンター」などにも出演していたり、近年の「必殺仕事人」では悪役も演じたりと、その演技力と度量の深さには感銘を禁じえない。

 

さて、その「必殺仕事人」、いわゆる “必殺シリーズ”
池波正太郎による “仕掛人・藤枝梅安” を元にした 第1作「必殺仕掛人」は、原作を基礎とした内容・配役構成だったが、2作目「必殺仕置人」以降、番組オリジナルのキャラクターが立てられた。 それが “八丁堀” 『中村主水』である。

今さら多くを語る必要もなし、後の “必殺シリーズ” に欠かせない・・というより、シリーズを代表するメインキャラクターと言って過言でない不動の人物であろう。

山崎努 演じる “念仏の鉄” 、石坂浩二の “糸井貢” 、沖雅也、三田村邦彦、そして 中条きよし による “三味線屋 勇次” など、必殺シリーズに名を残し今も語り継がれるキャラクターは数多あれど “中村主水” の存在はあまりにも大きい。

 

当初、その地味さ(当時はまだヒーロー=格好良さや映えばえしさが主流だった)や、それまで閑職でありコメディ出身だった藤田まことの起用など、キャラクター立てに甚だ疑問を呈されていた “中村主水” だったが、蓋を開けてみれば これが地道に好評、それどころか回を追うごとに存在感を増していき、ついにはシリーズを通して活躍する看板キャラクターとなった。

 

剣の腕前は一流ながら それを周囲に微塵も見せず、下級役人の昼行灯を装うのは “能ある鷹は爪隠す” の局地であり、それでこそ一旦刀を抜いた時の凄味を際立たせるのだが、”中村主水” の人気の理由がそれだけでないことは言うまでもなかろう・・。

何よりも下級役人=宮仕えであり家庭持ちである。これだけで視聴者との距離はぐっと縮まる。 職務や人間関係に翻弄され疲れ切った・・というより、諦観の域に達した男の背中は、社会の荒波に晒され尚かつ 家庭内でも年々その地位低下の一途だった “お父さん方” に親近感を抱かせるに充分であったろう・・。

上司からは役立たず扱い、嫁と姑から “種無しカボチャ” などと揶揄されながらも飄々と生き延び・・、日が落ち闇が訪れるとともに “裏の顔” 一刀煌めかせて悪を葬るその姿に、一種の憧れにも似たカタルシスを覚える中高年男性が少なくないわけがない。

平尾昌晃 作曲「中村主水のテーマ」がまた しっくりハマっていて、主水が刃を振るう時の心情を見事に描き出していたのも、ドラマの奏功に輪をかけていたのは語るべくもなしと言ったところか・・。

 

当初、監督から苦言が呈されたという(激励的な意味かな?)藤田まことの演技も、時置いて「あんたの中に中村主水が入って一生モンになる」と評されたとおり、役者人生を代表するキャラクターとなり、後の「はぐれ刑事純情派」や「剣客商売」の土台ともなった。

結果的に30年を超えて務めることになった “中村主水” は、その期間の長さゆえに藤田自身の加齢も隠せず、年々歳を重ねて老いくたびれた演出となったが、刻まれてゆく皺の数だけ藤田の演技は尚深く円熟味を増してゆき、いよいよ “中村主水” の人生そのものを語るかのように いぶし銀の輝きを放っていた・・。

正義の味方でもなければ、善意の功労者でもない、市井の片隅で黙々と生きる一介の人間、技倆をもって時に悪を葬るも、自身も決して正義の執行などとは思っていない。
成功者を演じることを嫌った藤田まことにとって、まさに天命の道筋だったのかもしれない。

移ろい、迷い、苦しみながらも ささやかな光を信じ、只 ひたむきに生きる・・
“中村主水” の人生は 藤田まこと の半生であり、それを愛した男どもの写し鏡でもあったのだ。

(文中 敬称略)

 

 

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