タチビな車 vol.4 必要なもの

「カワサキ / Kawasaki」というオートバイメーカーがある。言うまでもなく “Z” シリーズ や “W” シリーズ、また “SS / KH” シリーズなど、大型・ビッグパワーなバイクで知られた 国内4大の一角を成すメーカーである。

近年では、未だ系譜を引き継ぐ “Z” “W” シリーズを除いて、ほぼロードレーサー?で埋め尽くされたようなラインナップになっている。(まぁ他のメーカーも似たような感じだが)特にカワサキはこのハイパーゴーイングな面が強いようで、特化することで企業のイメージと固定客層を確立しているのだろう・・。

しかし、こんなカワサキでも(現在は知らないが・・)70’~90’年代には結構 苦労していたようである。 何が苦労なのかと言うと その生い立ち・居場所である。

元は「目黒製作所」という昭和元年・個人創始の会社であったが、昭和39年、当時の「川崎航空機工業・メイハツ」に吸収される形で “川崎グループ” の一員となった。

経営は安定したものの、財閥系の一社である。こういう形は得てして動きが取りにくい。母体が大きいので安心感がある反面、業績が思わしくないと肩身が狭い・・。
「カワサキ」単体の思う運営施策や商品作りが中々通らなかったりしたという。

昨年後半に事業形態が変わり分社化されたことで、”bimota” との連携を強化するなど独自性を高める方向性を明確にした。今後のカワサキの動向が興味深い。

 

画像 © 三菱自動車工業株式会社

転じて自動車業界に目を向けてみれば「日産自動車」が、戦前 “鮎川財閥” を源流とした一員であったものの、戦後は解体した財閥の袂を離れ独立したグループ企業を形成している。

比して「三菱自動車工業(三菱自工)」と言えば 1970年に三菱重工より分社独立化したものの、2016年に日産の傘下となるまで常に三菱グループの影響下にあった。 一貫して民間企業であったものの、政府との結びつきの強い財閥系企業の風土の中で育まれてきたのである。

実際の企業風土など解らない、巨大であるが故にその深く仄暗い部分となれば社員の人でも知る由もなかろう。

別に “企業小説” の話ではない、”大名(殿様)商売” と揶揄された三菱自工の社風である。

実際に車を “企画する人” “作っている人” “それを売る人” 誰しもそんなつもりで働いてはいなかったであろう。売れるものを作り順当な売り上げを上げたいと頑張っていたはずである。 しかし それでも “大名商売” と言われていたのである。 知人で三菱(電気系)の社員でありながら そう言っていた人もいた。

それは最早 社員個々人の問題ではなく、形容し難い巨大企業そのものの体質であったのかもしれない。

三菱の車と言えば昭和40年代の「ミニカ」「コルト」、その流れを汲む「ギャラン」「ランサー」「ミラージュ」、そして後年 爆発的に売れた「パジェロ」や根強いファンを持つ「ランサーエボリューション」が印象に残る。

個人的には「ギャラン GTO / FTO」が特に昭和名車の一画を成している。

そんな三菱が昭和57年(1982年)電子化が進む新たなステージでの足場固め、当時まだ主流であったセダン系乗用車部門での躍進を果たすため、それまで続いてきた「ランサー・ミラージュ」系刷新の思惑を込めて、世に送り出したのが「トレディア」そして「コルディア」だった。

事実上 ミラージュをベースに開発された4ドアセダンが「トレディア」、見た目もミラージュ・ランサー系サーフェイスデザインをブラッシュアップしての、清潔感溢れるスタイリングとなっていた。

基本的に直面な形状ながらも かなり作り込まれていて良好な空力特性を獲得していたし、同クラスの他車に比べ若干 車格も大きくとられ、ゆとりあるキャビンスペースを確保していた。

トレディア 1.6 スーパーサルーン・エクストラ

 

もう一方の「コルディア」はヤングアダルト層を意識したようなハッチバック・クーペとなっていた。 そのスタイリングは日本車離れした清楚なもので、一見 シトロエンのBXをも思わせるものだった。 トレディアに並んで清浄なイメージは “ランサー・セレステ” の後継と言われたのも頷ける。

プラザ店・ギャラン店合わせて2種類のフロントグリルなどは、その最たるもので、私にはテール周りも含めて かなり好みのスタイルである。日本ではあまり好まれないと言われた後輪タイヤハウスの “半切り(コンシールドカット)” も、個人的には嫌いでない。

動力系は当時流行だったターボの設定もあり、そこは三菱、タービン周りに抜かりはない。「スーパーシフト」と呼ばれた副変速ギア組み込みの2段4速のチェンジは・・ん〜・・あれ要るか?・・という感じもしたが、シチュエーションさえ合えば有効な機能だったのだろう。

コルディア XP 1.8ターボ

当時20歳代、中古で買った初めての車から そろそろ買い替えを考えていた私たちの世代の間でも、その候補に「トレディア」「コルディア」の名は聞かれることはあった・・。

しかし、”聞かれることはあった” レベルである。買った者はいなかった・・。

“タチビな車” の多くがそうであるように、「トレディア」「コルディア」ともに街で見掛けることも稀であった。

ミラージュ、ランサーの系列を刷新して、新時代の屋台骨を支えるはずだった三菱の目論見は見事にはずれ、発売から5年でコルディアが、翌年にはトレディアが、まるで無かったことのように その名を閉じることとなった。

「トレディア=トリ・ダイヤ(三菱)」「コルディア=活気の三菱」の名を冠した車は、以後 二度とその姿を表さない間に、三菱は弱体化し他車の傘下へと下ってしまった・・。

 

決して不出来な車ではなかったはずだ。正直、車そのものよりも売り方の方に問題があったように思えてならない。 同じような構成、同じようなスタイリングで企画しても、トヨタや日産であれば数倍の売り上げを見込めたのではなかろうか。

「トレディア」「コルディア」6年間の合計販売台数 75000台、同時期、似たような車種構成で販売していた「日産・ラングレー」が、”スカイライン” のイメージを巧みに利用して、”ローレル・スピリット” を含まない単体で30万台からの売り上げを出していたのと対照的である。

要するに “屋台骨を期待” するような主力車種、ディーラーマンはともかく、企業として懸命に売る気があったのか? と考えてしまうほどCMにも販売戦略にも積極性が感じられなかったように思えてしまう・・。

後に “隠蔽体質” とまで言われた数々の不祥事は、それに関わった個々人よりも 長年積み重なった企業そのものの性分のようにも感じる。 国と密接な関係を持ちながら安定と自社風土のみ尊重してきた集団は、風通しが悪くなり自由闊達な発想が閉ざされがちとなるだろう。

こうして見ると 本当に「商品」というものは、技術屋さんとディーラーマンだけでは成り立たないものだと思う。 無論、運というものも含めてだが、社会のニーズや時代性、そして、それを売る企業の姿勢も大きく問われるのだ。

 

 

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