地上の音符 ♪2

山下毅雄(やました たけお、1930年3月7日 – 2005年11月21日)は、日本の作曲家、編曲家である。兵庫県神戸市出身。幼稚舎から一貫して慶應義塾で学び[1]、慶應義塾大学経済学部を卒業。愛称はヤマタケ。(Wikipedia より)

“山下毅雄” の名を知ったのは比較的最近のことである。要するに他界された後・・認識不足・・

 

生涯に7000曲もの作品を残したと言われる氏を代表する一曲が、ドラマ『大岡越前』の主題曲。

秀逸な時代劇が多かった昭和時代、私のお気に入りは “中村梅之助” 主演の「遠山の金さん捕物帳」だったが、同時期、これと双璧を成すように人気を誇り長年に渡り高い視聴率を維持し続けていたのが、加藤剛 主演の『大岡越前』だった。

「遠山の金さん」のように派手な見せ場は少ないものの、お上、武士・商人、市井の民、そして悪党までをも含んで、人情味溢れる展開のドラマが多く ドラマ時代劇の基礎を築いた一作品だったと思う。

“加藤剛” はもとより、榊原伊織役 “竹脇無我” 、同心・村上源次郎役 “大坂志郎” 、父忠高 “片岡千恵蔵” など、魅力的なキャスティングもまたドラマの奥行きを広げた要因でもあった。 この作品で “加藤剛” のファンになったし “大坂志郎” の温和な渋さ?や、 ややハンサム過ぎる 将軍 徳川吉宗 “山口崇” も印象に残っている。

そして、この『大岡越前』を盛り立てた もうひとつの要素こそ、この主題曲ではなかろうか。

人の世の無常と それでも懸命に生きる人々の営みを表現するかのような、哀愁に満ちたメロディー。第1部から15部に至るまで30年間、マイナーチェンジを施されながらも流れ続けた この曲、昭和を生きた人なら知らぬ人無き名曲と言えよう。

 

・・で、何故『大岡越前』と “山下毅雄” の関わりを知ったかというと、数年前 手に入れた昭和アニメ『佐武と市捕物控』のDVDを見ていた時、その主題曲が『大岡越前』のものに似ているなと気づいたからである。 (今さらナニ言うてんねん?)レベル・・50年から経って ようやく今か?・・という話・・。

という訳で、こちらが『佐武と市捕物控』の主題曲、哀愁を湛えながらも曲後半で希望の夜明けを思わせる展開となっている。

記憶・・というか気分的には『大岡越前』の方が『佐武と市捕物控』よりも、放送開始が早かった気がするのだが、実際は逆で『佐武と市捕物控』が1968年、『大岡越前』が1970年のスタートだったようだ。

『佐武と市捕物控』は石森章太郎(当時)による漫画でありアニメであるのだが、時代劇をも得意とする氏の作品らしく、捕物でありながらも人と人のつながりを鮮やかに描いた秀作であった。 氏の作品としては、映像化にこそ至らなかったが*「八百八町表裏 化粧師」など趣深いものも多い。 * 「化粧師 KEWAISHI」という氏の「化粧師」を原作とした映画があるがほぼ別物

 

『大岡越前』と『佐武と市捕物控』ふたつの作品音楽を聞き “山下毅雄” に興味を持った私は、彼の作品群を調べて再び驚くことになる。

『七人の刑事』『プレイガール』『時間ですよ』『鬼平犯科帳』、アニメ・特撮では『スーパージェッター』『わんぱく探偵団』『ルパン三世』『悪魔くん』『ジャイアントロボ』、バラエティ番組で『クイズタイムショック』『パネルクイズ アタック25』・・etc

いずれも昭和に大きな足跡を残し茶の間を沸かせた番組の音楽を連綿と担当している。
少し大げさに言えば、昭和テレビ番組の三分の一位を音楽で支え鮮やかに演出した偉大な人ではなかろうか・・。

面白いのは1959年のアメリカ映画『ペチコート作戦』の音楽も担当されている記録があったので、いくら何でも・・?と思い調べてみると、1964年テレビ放映時に日本版「ペチコート作戦」の主題歌が制作され(歌:雪村いずみ)、その作曲に携わっておられたようだ。

『大岡越前』『佐武と市捕物控』と並んで個人的に印象深いのは、やはり『ルパン三世』であろうか。 特に「♪ 足もとに~絡み~付く~ ♪」の 初期エンディングテーマは “チャーリー・コーセイ” のハイトーンな歌声とともに私の胸にも深く刻み込まれている。

Wikipedia における “山下毅雄” の “作風” で、次のように記されている

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・・・その一方でルパン三世 (TV第1シリーズ)のOPでは本来のテンションコードの乱発がないが、「主要三和音」の平行移動と転調進行が巧みに混ぜられている。

同一の旋律のみならず、同一の歌詞の繰り返しも多く、日本的なセンスからはかなり遠くに位置する音楽性を定着させたことが、後年大友良英らのミュージシャンによって改めて再評価されている。

——————— 一部抜粋引用 ——

“音楽” ならぬ “音学” というか、門外漢の私などにはチンプンカンプンな単語が並ぶが、自らの口笛やキャッチボイスも多用するなど、まだ音楽業界も発展の途上であった時代に、広範な知識と卓越したセンスで新しい世界を切り開いていた、稀有なる音楽家であったのだろう。

本日は、当時の担当シンガー “チャーリー・コーセイ” によるシブい熱唱と、ルパン三世オールOP&EDの動画で締め括りたい。

 

 

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