ぶつけるんじゃないよ?

らしいです・・。 ・・って、何のことやらさっぱり分からんわ! と言われそう。

ポスト題名「ぶつけるんじゃないよ?」
“ぶつける” のが主たる目的ではなく、サッと “避ける / よける” のが本道だそう・・。

今ではもう殆ど見かけることも無くなった “アレ” 、 遊園地の遊具(今はアトラクションとか言うのかな・・)『ダッジェムカー』である。 ボディ後方にポールが立っており、遊技場天井の通電網に通じて動く小型ゴーカートのような車、コースを走るのではなく囲われた遊技場内で互いにぶつけたり避けたりする “アレ” だ。

実は今回執筆にあたって調べるまでずっと “ダッジムカー” だと思っていた orz
日本では “ダッゼムカー” の 表記が通ることも多く検索でも表示される。
昭和の遊園地には設置されているところも多かったように思う。

 

 

現在のように、乗員むき出しで360°振り回されるだの、50m垂直に落ちるだの、そんな●人的なアトラクションなど まだ存在しなかった昭和の遊園地。(自分はこういう類はまったく無理!) ジェットコースターといえど今にして思えばのどかなものだった。

怖いもの知らずの子供時代だったからか、単に低難度だったからかは分からないが、当時はジェットコースターはじめ、傘の周囲から多数のブランコが吊られてグルグル回るやつとかも楽しんで乗っていた。

そんな中で『ダッジェムカー』は一種 趣を異にした存在だったのではなかろうか。子どもたちだけでなく結構 大人も乗って楽しんでいたように記憶している。

音楽であれ スポーツであれ、そして遊園地であれ それに興ずることによって人はカタルシスを得る。 “感動した” “良い汗をかいた” “思い切り楽しんだ” 、そうして胸の奥に淀むストレスを昇華して次に歩くための心の糧とする。 それは遊具に戯れる子供であっても変わることはない。

『ダッジェムカー』は その辺り結構ダイレクトにカタルシスに通づる遊具だったのではなかろうか。 というか、プレイ中はかなりヒートアップした、もしくは混沌としたストレス発散の乗り物だったようにも思える。 大人が乗って楽しんでいたのも そうした影響があったからなのかもしれない。

『ダッジェムカー』は、1920年代 アメリカのStoehrer親子によって開発された。「Dodgem Corporation」で生産を軌道に載せ遊園地の人気アトラクションとなった。
“Dodgem / ダッジェム” とは “dodge them(それを避ける / かわす)” から作られた造語であり固有名詞であったわけだ。

つまるところ、当てる / ぶつける のが一義ではなく、それらを避けるというのが名の元々の意味、(まぁ、ぶつける行為が無ければ避けようも無いが・・w) 要するに “ドッジボール / Dodgeball” も同様に “当てようとするところから避ける” 球技ということになる。

 

何かしら危険だからか、それとも単に人気が低迷したからかは分からないが、いつの頃からか『ダッジェムカー』は 遊園地から その姿を消していった。

少子化や娯楽の多角化により、遊園地そのものが減少の一途を辿っている中、もはや『ダッジェムカー』が残る場所は皆無といえる状態。一説には近年までその施設が残っていた大阪府「みさき公園」東京都「としまえん」が、ともに2020年に営業終了したことで国内からは完全に失われてしまったとの話もある。

 

 

子供の笑い声は社会の宝だと思う。甲高いがゆえに多少癇に障ることもあれど、公園の片隅などから聞こえる笑い声は平和と未来を表すバロメーターでもある。 そんなバロメーターが時代とともに針を下げ続けている・・。

大人と子供が混沌の状態・原始的な享楽で、渾然一体となり楽しんでいた「ダッジェムカー」は過去のものとなった。

時代が進めば、形を変えてまた大人・子供ともに興じることの出来るシステムも出現するのだろうが・・、果たして どんなものが現れるやら・・。

 

 

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