はばかり

画像 © TOTO様から拝借しました。m(__)m

お食事中の方はご注意願いたい。”おトイレ” の話である。

日本のトイレ技術? は世界トップクラスと聞いたことがある。
洋式トイレがスタンダードになって久しいが、単にそれまでの形式からバトンタッチしただけでなく、座面ヒーター、ウォッシュレット、自動消臭・洗浄機能、高効率水流による節水機能など、次々と新たな付加価値を付けながらの進化は止まる所を知らないかのようだ。

人間の排泄行動を引き受けるトイレ、昔は汚いイメージの強い存在であったが、近年ではよほど環境の悪い、管理の行き届いていない設備でもない限り、凡そどこも小ぎれいに維持されていて不快な印象を抱くことも少ない。

未だ田舎に残る “汲み取り式トイレ” など時代遅れどころか、若い世代の人なら近寄りたくもないのではなかろうか。

 

私が4〜5歳の頃 住んでいた家は借家であったが、故あって随分と大きな造りであった。親子三人住まいにもかかわらず、離れまで含めると8部屋ほどもあった。全くもって無用の長物・・ しかし、それでも昔の造りだけにトイレは戸外に設置されていた。臭いや衛生管理上の対策であろう。(※さらに古来のトイレのあり方についてはまた別)

その後、移り住んだ場所では町中であったこともあり、程なくして “水洗式” となった。小学2〜3年生の頃だったか “トイレットペーパー” を初めて見た時には、子供ながらに何やら意味不明の感慨にふけったものだw。

 

ちょうどこの頃、子供たちの間でもてはやされた漫画があった。
『トイレット博士』 とりいかずよし氏によって描かれたギャグ漫画である。女の子はどうだったか知らないが、”バッチいもの” で盛り上がる昭和低齢少年にはバイブルのごとき存在でもあった。 1970年、大阪万博の年 掲載開始だったようだ。

この『トイレット博士』の中で記憶に残るエピソードがある。
主人公 “一朗太” ※ の お婆ちゃんが田舎から出て来て、一朗太らに連れられ都会見物へと出掛けるのだが、その先で入った手洗いで初めて “洋式トイレ” に遭遇、どう使用してよいか解らず四苦八苦するという話であった。

何故、記憶に残っているかというと自分も同じような目に遭ったからだ。
とあるホテルを訪ねた時 洋式トイレであった。何故、フタの下に輪っか状の中フタのようなものが有るのか? 何故、床の上高く突き出しているのか?
便器に直接座る、後ろを向いて座るという発想・感覚が無かったがために、漫画の婆ちゃんと同じような苦労をするハメになってしまったw。

その後、他の場所で見かけたが、当時 ものによっては洋式便器の傍に画像付きで使用手順が標されているものもあったことを思い出す・・。

一度知れば全く何ということもないのだが、人間は既成概念に影響されやすいもの、今まで(和式)での使用方法が当然と思っている身にとって、まさかに逆向き 直座りで使うなど思い付きもしなかったのだ。

・・ということは、これの逆も然りということで “和式便器” の使い方が解らないという世代の人、場面も少なからず存在するということなのだろう・・。

 


因みに、この画像は近年ネットで拾ったものだが、これによると “洋式便器” が普及しだしたのが1955年頃となっている。 「トイレット博士」のネタや私が経験したトラブルが1972〜3年頃?、巷はまだ大勢が “和式” だったように思うのだが・・東京や大阪などの大都市圏では既に洋式がスタンダードだったのだろうか・・? 謎である。

『トイレット博士』は通算7年間、コミックス全30巻の大ヒット作となった。
※ “一朗太” は中盤からの主人公であり、本来の主人公は題名のとおり “トイレット博士” であったはずなのだが、ほとんど主人公を張ることが出来なかった不運かつユニークなキャラクター、作品構成でもあった。 現在でもこの作品のファンは少なくない。

 

“トイレは神聖な場所” などと言っても現代の人間に通用もしないだろうが、古来トイレは出産にも密接に関わる特別な場所でもあり、近年流行した歌のとおり “トイレの神様” も古くから坐していた。

汚れやすい場所だからこそ綺麗にする。汚れを引き受けてくれる場所だからこそ大切にする。時代は変わっても、そんなささやかな気持ちを いつまでも持ち続けたいものだ。

 

 

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