タチビな車 vol.02 私ゃ好きなんですけどね

「タチビな車」=「立ち位置微妙な車」第2回である。

やり始めてから分かったが “立ち位置微妙な車” なんて そんなに有るか? ということ、始める前にはいくらでも有りそうな気がしていたのだが、いざ 改めて考えてみると何をもって “立ち位置微妙” と判ずるか極めて曖昧である・・。

うかつに取り上げるとオーナーさんや愛好家からクレームが付きそうでもある。
ごめんなさい m(_ _;)m 先に謝っておこう・・。

ともあれ、始めてしまったものは仕方がない、やれるところまでやってみる所存です。
4回位で終わりそうな気もするが・・

 

昭和を知る世代であれば、昭和時代における “自動車そのものの立ち位置” というものを ご存知だと思う。

商用車や業務車両を除いて、それは長らく “憧れ” というものを伴っていた。

平成に入り、車に求められる要素の多くが実用性・経済性・環境対応へと移り変わり、車は “エコロジーな道具” としての側面を強めていった。 もはや圧倒的な馬力やスピードも、ワイドな車体も、豪華な内装も誰も求めなくなってしまったのだ。

モータリゼーション勃興初期の様相は、誠に戦乱時代と見紛うばかりの馬力競争だった。
ファミリーカーの代名詞である「カローラ」や「サニー」でさえしのぎを削っていた。
“+100cc の余裕” ”隣りの車が小さく見えます” などというコピーが高らかに謳われていた頃の話だ。「ファミリア」に至ってはついにロータリーエンジンまで積んでしまった。

そんな世相の中で、スポーツカーがひとつの花形として扱われたのは当然の流れだったのかもしれない。 後のスーパーカーブームの道筋ともなった。

 

とはいえ、一家庭の車として考えるならばスポーツカーなどショーウインドウの向こうの花でしかない。如何に高度成長期とはいえ2台も3台も車をポンポン買い揃えられる人などいない。 好き者のお父さんが無理を言って、もしくは少々羽振りの良い人が余裕を見せて選ぶのが、スポーツカーならぬ “スポーティカー” だ。

代表的なところが「日産 スカイライン」(ハコスカ)あたりだが、本日の論旨はそこではない。 クーペである。

子供の頃、家の家主さんが 白の「ルーチェ・ロータリークーペ」に乗っていた。 美しかった。
流れるような曲面のボディと端正な顔立ち、風を切ると言うより風に溶け込んでしまうようなスタイルが、私の胸に焦がれるような記憶を植え付けた。

マツダ ルーチェ・ロータリークーペ

時同じくして世に姿を現したクーペな車たち・・「117クーペ」「初代シルビア」、カローラやサニーにまでもクーペ仕様が据えられた。 サルーンセダンの雄「クラウン」にさえ3代目4代目とクーペスタイルの影響を受けたタイプが有ったのだ。

勝手な想いだが、クーペの持つ美しさは日本の美意識によくマッチしているように思う。
この価値観からか私はずっと “2ドア” “ハードトップ” “クーペスタイル” の車が好きだった。実際に乗れたのは「セリカ(2代目)」や「トレノ(AE86)」位だったが、ジャパニーズ・クーペ、ジャパニーズ・スペシャリティカーの美しさは、日本車の華だと思っていた。

 

しかし、どのような価値観でもいずれ時代に追いつけなくなる日が来る。

1988年、奇しくも一年まるごととしては昭和最後の年、マツダから一台の新車が発売された。 名は『ペルソナ』

一見、セダンの体をとっているが “ピラーレス” の本格4ドア・ハードトップクーペである。

「インテリアイズム」のコピーよろしく内装は非常に凝った豪華なものであった。
ソフトマテリアルの大半が革張りで仕上げられ、そのスタイリングも特徴的なもの、後席に至っては “ラウンジ” そのものとも言えた。

セダンの格調を維持しつつ、車体剛性と工作精度の確保が難しい4ドア・ハードトップを組み入れたのは、多様化と高級路線が爆進していた当時の世相に合わせたものか。

2ドアクーペと異なり “二人だけのもの” 感は薄れるが、オーソドックスな雰囲気も手伝って “大人の優雅さ” を醸し出している。 1.8リッターSOHCエンジンは若干非力だったが、2.0DOHCエンジンは充分によく回っていた。

先立つこと8年前に発売され、高級パーソナルカーとして爆売れした「トヨタ・ソアラ」とは、微妙に異なるカテゴリーと路線でマツダの新境地を切り拓くかと思われたが・・。

ピラーレスで開き通したウィンドウビューが良い

まぁ 売れなかった・・・、ある意味あまりに売れなさ過ぎて、現在問うても「ペルソナ? そんな車 有ったっけ?」状態・・。

何が悪かったのだろう? 考えてみても分からない、当時 マツダとしては持てる技術とセンスの総力をつぎ込んで開発した車であった筈だ。 前述のとおりインテリアは突出していたし、外観スタイリングも構造にも問題は無かった。

一つには “出すのが遅かった” という見方もある。 既にこの手のパーソナルカーは上位クラスのトヨタ「ソアラ」をはじめとして「カリーナED / コロナEXiV」、日産「シルビア」あたりがニーズを満たしていて、今更感があったとも言われる。

ペルソナにさらに遅れて発表された「三菱・エメロード」など、さすがの三菱 重い腰とでも言うか、ペルソナに輪を掛けて売れなかった・・(使い勝手も良くなさそうにもかかわらず、警察車両に多数 買い上げられたというのがまた・・)

 

しかし 思うに、当時「ペルソナ」のテレビCMをそれほど見た記憶が無い。高速道路のような場所を優雅に走るCMは確かに記憶しているが、総体、品が良すぎて押し出し感が無く印象に薄い。 いかにインテリジェンス優先とは言え後発参入組 、もう少し存在感をアピールすべきではなかったか・・

上の「そんな車 有ったっけ?」というのは “売れなかったから” というのもあるが、”そもそも そんな車出てたの知らなかった” 人が多かろうというケースも、あながち間違っていないように思えるのだ。(これは三菱エメロードや逆輸入扱いだったカリスマにも当てはまる)

いかにバブル期とはいえ 車という買い物は高いもの、千円二千円ならともかく数百万の投資には誰しも慎重になる。 そんな時 横から脳にこびり付くほど何度も商品名を連呼されたり、逆に脳が引き込まれてしまいそうな魅力に溢れた映像や謳い文句に、人は影響されやすいものだ。

その意味で言うなら、このバブル前後の頃からトヨタの車作りや宣伝の方向性が明らかに変わって来ている。 それまでのどちらかと言うと堅実な社風から、明確に “巧みな売り方” にシフトアップしたのだ。

CMなど “車のアピールポイントを謳う” のではなく “この車を手に入れれば、いかに素敵なライフシーンを実現出来るか” に重きを置くようになった。

どう言ったものか言葉に迷うが、物を売るというのは “そういう事” なのかもしれない。

翌年に発売され空前のヒット作となった「マツダ・ロードスター」程の思い切りの良さで、もう数年早く発売に漕ぎ着けていれば、そしてもっと効果的に認知されていれば、自動車史に残ったかもしれないテイスティな車だっただけに、何とも残念な車だったと言えよう・・。

 

そして、この後 クーペ・スペシャリティカーカテゴリー自体が、急速に衰退の道を辿っていった。上述の車たちも「ペルソナ」の後を追うように、次々とその姿を消していった・・。

つまるところ、日本の車社会はもうパーソナルカーを必要としなくなっていた。「ペルソナ」は、そんなクーペ終焉の時代の一端を飾る打ち止めの花火であったのかもしれない。

時代は繰り返すという側面をも持っている・・。いつの日か また新たなパーソナルカーブームが到来しないとも限らない。

出来れば その時も、そのパーソナルカーには日本ならではの美しさを兼ね備えていてほしいと思うのだ・・。

 

 

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