白煙

恥ずかしながら “蒸気機関車” というものを確かに見たことがない
昭和半ば生まれの中高年を謳っていながら、何かこう抜けている・・。

もちろん、展示されているものは見たことも乗ったこともあるのだが、実際に白煙を上げて走っている勇姿を見たことがないのだ。 幼い頃には実働の汽車に乗ったらしいのだが 物心つく前の話、憶えていようはずもない・・。

先日 イナバナ.コムの方で “蒸気機関車” や “転車台” に関する記事を書いた。あちらはニュース・トピック+伝承関連サイトなので、あまり いい加減なことは書けない(こっちなら良いのか?w) 調べると、丁度 私が生まれる数年前から、鉄道網の全面刷新が図られ、およそ10数年の内に国内大半の路線無煙化がなされて “蒸気機関車” は姿を消したようだ。

思えば70年代(1970年代)SLブームとかいって、各地路線のラストラン・イベントが開催されて、カメラを持った鉄道ファンの おじさんや少年たちが集まっていたっけ・・。

考えてみれば、私が小学生の頃は まだ各地で現役の蒸気鉄道路線も残っていたはずだが、住んでいたのが、名古屋の中心地に近い場所だったので、比較的 蒸気路線の撤廃も早く、見る機会が無かったのかもしれない・・。

 

小学2年生の頃だったか、近所にあった大きな宗教施設に務める方が私にプレゼントをくれた。 どういう経緯で頂いたのか、その方とどういう関係であったのかは さっぱり憶えていない・・。

家の近所にあった坂を登れば その施設・・というか大きな教会がある。 私達家族はその宗教と無縁であったが、当時のこと、いつも開け放たれている その広い敷地は子供たちの遊び場でもあった。

ともあれ、頂いたものを開けると それは大きな蒸気機関車のプラモデルであった。
全長30~40cm位はあったろうか、ショーケースまで付属していた。
メーカーなど憶えていないが、いわゆるデゴイチ(D51型機関車)である。

今にして思えば、随分と張り込んで買ってくださった高級な贈り物で、綺麗に保存していれば現代なら結構な値打ち物だったかもしれない。 ・・が、誠に申し訳ないことに、当時の私としては少々「・・・・」だった。

戦車模型を専らとしていたり、宇宙だ、未来だ、最新式スポーツカーだとワクワクしていた子供の感覚に、蒸気機関車はもはや時代遅れの重ったるい乗り物にしか映らなかった・・。
宗教関係の方だったからか、外包みに貼られた熨斗に書かれてあった「天の声」は私に届かなかったのである。

それでも、せっかく頂いた高級なプラモデル、作らないまま放っておくわけにもいかない。
結構 時間が掛かったように思うが、何とか完成にまで漕ぎ着け、ケースに入れて部屋の棚に飾っていたことを憶えている・・。

 

ある日、家族で車(キャロル360)に乗ってお出掛けすることがあった。

・・と言っても大した場所に行くわけではない、ちょっとしたドライブのようなもの・・、30~40分位走って着いた先は港、名古屋市の南西部に港区という区域があるから、そこの何処かだったのだろう。要するにちょっと海の風に当たりに来たといった塩梅か・・。

接岸してタラップの掛かっていた客船のような船に、子供一人 勝手に乗り込みデッキから海を見ていたような記憶がある。 多分 良ろしくないことなのだろうが、何事につれユルかった当時ならではなのか、たまたま船員さんに見つからなかっただけなのか、昼下がり、潮風に吹かれながらボーッと海を眺めていた。

この海の向こうは遠い外国へと繋がっている・・などとは時折聞かれるフレーズだが、親から聞かされてでもいたのか、波打つ向こうを見ながらそんなことを考え、少し希望に溢れたような、それでいて少し寂しいような妙な気分に浸っていた その時・・。

港の向こう岸に建ち並ぶ 工場や倉庫と思しき建物の間に、もうもうとした白煙が見えたかと思うと、まさに爆進と思える勢いで突き進んでいくのが見えた。

おそらく港への引き込み線か何かだったのだろう、貨車を牽いていたのか客車なのかは そこからでは判然としないが、建物の合間を縫うように 黒々とした体躯を覗かせて走り抜けてゆく姿はまさしく “蒸気機関車” であった。

スピードで言うなら、当時 既に走っていた急行電車の方がずっと速いのだろうが、吹き上げる煙のせいか 微かに聞こえる独特の走行音のせいか、ともかく力強く勢いよく走るその姿に私は見惚れていたのだ・・。

それが 私にとってたった一度だけの、リアルな “蒸気機関車” 体験である。

こんな感じだったか・・

現在も観光事業などを主眼として、蒸気機関車は一部の路線で限定的に運行されている。 人気もあるので当分の間は続けられるだろう。 煙害のため遠ざけられた蒸気機関がエコロジー問題から再び注目されているとの話もある。

しかし、何から何まで電気、電気、スピード、スピードの方にしかベクトルが向いていないこの時代に、蒸気機関の大規模復興は望めまい・・。 いつかは完全に全車博物館行きの可能性も低くない。

蒸気機関車への想いも、そこに紡いだ歴史や記憶も、それを持つ人々が その白煙のごとく消え去れば最早 データとしての記録しか残らない。 時の流れとはそういうものなのだろう・・。

 

 

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