ドゴラ~や!ドゴラ~♪

怒涛の怪獣時代、ブームの最中、テレビで活躍するウルトラ系を除いて有名どころ・人気の怪獣と言えば、これはもう映画ものとして登場する「ゴジラ」「ガメラ」あるいは「大魔神」といったところで大方の異論は無かろう。(大魔神は神様ですが・・)

これらニ傑(もしくは三傑)あたりが、あまりにも著名であり 時代を越えて語り継がれるため陰に隠れがちだが、ブームを彩った異形の英雄たちは他にも多くいた。

一般家庭へのテレビ普及により、既に映画産業は斜陽際立つ最中であり多くの人材さえテレビ業界へと流れてゆく有様であった。 その中で「ゴジラ」や「ガメラ」など “怪獣もの” の大ヒットは、たとえ一過性であったとしても興行収入に結びつく題材として、各映画会社とも次善の検討課題となっていたのだ。

「映画」とはいえ、「怪獣映画」はその基本対象が ”子供” である。
初代「ゴジラ」など、本質的に大人社会に対するテーゼを含んだ ”大人を対象とする怪獣映画” も存在したが、当時の社会感覚から言えば ”怪獣を見て喜んでいるのは所詮 子供くらいのもの” というのが一般的であった。

「ゴジラ・ガメラ」に続けとばかり、各社が新作怪獣映画を制作しても先ずは子どもたちにアプローチしなければならない・・。(子どもたちが見に来てくれれば引率者である親の入館料も稼げる)

現在のように宣伝媒体が横溢した時代ではなかったし、その上 子供相手ということもあって、新作の宣伝告知は主に路傍のポスター、少年雑誌への広告、そして今ではほとんど見られなくなった小学校校門付近での ”割引券配り” といったところか・・。

現在なら、当然 テレビCMが主体となるところだが、当時、映画業界とテレビ業界は趨勢移行の状態であって、まだ上手くいっていなかったのだ。

 

以前、私は子供の頃 “銭湯住まい” だったと書いた。
湿気対策のため風呂屋の天井は高く作られていて、脱衣場でさえ4メートル程はあったろうか。 脱衣箱の上にまだ2メートル程の空間があり、そこの壁に大きな映画宣伝ポスターが貼られていた。 自分はそこで新作映画の数々をいち早く知ることが出来た。

只、知ることが出来たからといって連れて行ってもらえるとは限らない・・。 と言うよりも滅多に行ってはもらえなかった。 風呂屋の定休日は平日だったと思うが平日には学校があるし、何より安い給料の内からは中々・・と言ったところだったのだろう。

それでも何度かは見に行けたのだが、どうしてもメジャーであり宣伝の行き届いた「まつり系(まんがまつり・チャンピオンまつり)」になってしまうので、単発の怪獣映画にはとてもとても周りが来なかったのだ。

 

『宇宙大怪獣ギララ』

昭和42年 松竹が満を持してリリースした松竹唯一の怪獣映画、中々にユニークかつ独創的なプロポーションで、怪獣映画というより ”SF映画” を前面に押し出していたそうだ。 ストーリー、特撮ともそこそこの出来で悪くはなかったようだが、シリーズ化しなかったところをみると、制作費ともペイし難かったのかもしれない。

全体的にデザインセンスが秀逸で、登場する宇宙艇「アストロボート」の模型を持っていたことを覚えている。

 

『大巨獣ガッパ』

ギララより1ヶ月遅れで封切られた日活制作の作品、個人的にはギララより少々フレンドリーな路線を狙っていたようにも思える。 親ガッパ(夫婦ガッパ)による子ガッパの奪還戦などは、後のナウシカなどにも見られる定番な展開でもある。

ガッパの名から元ネタは “河童” なのかとも思えたが、河童を思わせる特徴は一切無い。ストーリー的にも意外と練り込まれていて ”映画” としての完成度もそれなりに見据えていたようだ。

 

『ゲゾラ・ガニメ・カメーバ 決戦! 南海の大怪獣』

昭和45年、東宝制作の単発怪獣映画、単発ものとして実際に映画館に見に行けたのはこれだけだった。 結果的に言うと上のどちらかの方が良かったような気がする・・。
「ゲゾラ・・ あぁ、イカだからゲソ・・ラね・・(苦笑」言っていた親父の顔が目に浮かぶ・・w。

孤島という限られた空間の中での戦いなので 話に広がりを持たせ難かった、三怪獣とも個性が有り過ぎて無いような微妙な存在感で 感情移入し難かった・・とか、そんな感じだったのかもしれない。

 

『宇宙大怪獣ドゴラ』

ようやく 本日のメインイベントである。昭和39年の東宝作品なので、私は後のテレビ放送時に見たものと思う。

とにもかくにも、注目は そのモンスターの全体像であろう。着包みによる演技・演出が不可能なスタイル。 おそらく淡水性無脊椎動物の ”ヒドラ” をモチーフに用いたと思しきその姿は、ある意味「超常のモンスターが実在するなら さぞかしこんな感じかも・・」と思わせるような画期的なデザインだった。

「どんな怪獣でも宇宙人でも、手が2本、足が2本、頭がひとつ・・」と、小馬鹿にしていた親父でさえ「ホウ これは・・」と唸らせた姿である。

当時としては最新素材を使った造形、合成や光学技術を駆使した特撮と異形の魔物を表現するに並々ならぬ熱意と工夫で実現した超リアリティーモンスターであった。・・が、それだけに特撮の撮影と編集に非常な時間と手間が掛かってしまい、ドゴラそのもののカットが限られてしまった。

限りの在るドゴラ登場シーンを補うかのように、ドラマそのものは練り込まれ、ダイヤモンド強盗のギャング団、それを追う別の強盗団、調査官、そして科学者や自衛隊、主人公とヒロインなど随分と盛りだくさんで、どちらかというと怪獣映画というよりアクション活劇といった風合い。

結果、怪獣映画史に残る革新的なモデルとなった「ドゴラ」は、その革新性ゆえに自らの登場シーンのみならず、存在性まで薄らいでしまった誠に残念な怪獣だったと言えよう。

* 画像右下は水槽を用いた特殊撮影時のものと思われる。

「ゴジラ」も「ウルトラマン」も「仮面ライダー」も、エポックメイキングなものは先行者としての利があり、そこに魂がこもっていれば歴史に残る名作となる。

しかし、それらがヒットする裏側には、それに匹敵する程の熱意や革新性を持ちながらも、一流になりそこねた多くの ”迷作” も存在する。

表舞台に燦然と輝く作品たちも、そういった数知れぬ迷作たちの下支えによって培われた文化の上にこそ成り立っているのだ。

 

 

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