立ち位置微妙な車たち

昭和関連の集まりやブログなどで、必ずと言っていいほど取り沙汰されるのが “懐かしの名車” の話題。

当然ながら昭和時代に光り輝き後の世に語り継がれる車なので、”スカイライン” “トヨタ2000GT” “コスモスポーツ” “117クーペ” などスポーツ性を押し出した花形車、”カローラ” や “ブルーバード” など、庶民の生活に変革をもたらした記念碑的大衆車が取り上げられやすい。

 

ということで、今回、当ブログでも車ネタでいってみたいと思う。
あわよくばシリーズ化 出来ると良いなと考えている。ネタを絞り出す労力が少しでも軽減出来るからだw。

・・で、取り上げる 栄光?の第一回が 『ダイハツ アプローズ』である。

そりゃまぁ貴方、ヘンコな当ブログのことであるし、そもそも “スカイライン” など王道路線でいっても、その道に詳しい諸兄に敵うはずもない。 零細ブログは零細ブログなりのカラーで押してゆく構えである。

 

『ダイハツ アプローズ』

・・概要など書き始めようと調べたら 初代、発表・発売が1989年7月、平成元年やないかい! 平成テロップになってしまう・・のっけからこれか・・orz

とまぁ、いきなりのダメスタートだが何とか目を瞑っていただきたい。平成元年は昭和64年ということで ギリセーフである(半年ずれのアウトだよ・・)

ともかく・・、バブル真っ盛りの中 発売されたダイハツ久々の新型車である。 前作の「シャルマン」が 事実上 “ダイハツのカローラ” とも言うべき、「トヨタ・カローラ」と同じプラットフォームに築かれた兄弟車(というか従兄弟車)であったのに対し、エンジン・プラットフォームとも完全オリジナル設計、新時代に羽ばたくべき力作でもあった。

設立以来、総じて小型実用車・軽自動車を中心展開を図ってきたダイハツ・ラインナップの中で、1960年代「コンパーノ」 70年代「コンソルテ」 その後の「シャルマン」「シャレード」と、リッタークラスの車種は同社のフラッグシップともいえる存在であったが、資本提携先であり実質的に親会社であったトヨタ自動車の手前、普通車クラスでの競合は抑えられていた。

そんな中 空前の好景気時代の到来、輝かしい未来へ向けて刷新の新車種発表はダイハツ悲願の一端であったのかもしれない。

 

もとより堅実なダイハツの社風、華々しい演出さえ無かったものの「アプローズ」は社内の期待とともに、持てる技術の全てを込めて送り出された希望の星でもあったのだ。

ヨーロッパ Cセグメント車を意識したような端正な出で立ち、典型的なオーソドックス・セダンの風貌であったが、何より注目されるのが特徴的なリアゲート機構であろう。

一見、セダン・スタイルのリアトランクにしか見えないテール周りだが、このハッチラインがトランク上面からリアウィンドウ上端部にまで回り込んでいて、開閉時にはリアウィンドウごと持ち上がる “ハッチバック タイプ” であった。

「スーパーリッド」とも呼ばれる この機構は、「アプローズ」唯一のものではなく、和洋とも(特にヨーロッパ車に多い)いくつかの車種に採用されていたが、ここまでそのハッチバック性を押し出さないスタイルは稀有であった。 ハッチを閉じた状態で一見してセダン以外の情報を得ることは難しいほどだ。

 

ハッチバックのメリットである積載量の増大は、この特徴的なスタイルから一般的なセダンと然程変わらず、荷物の積み下ろしが多少 楽であること以外 優位性は薄い。 当時としてはまだ珍しかったリアシートのリクライニングが可能だったが、ハッチバック機構と直接の関係はない。

にも関わらず、ここまでしてダイハツがこの新車種に「スーパーリッド」機構を持ち込んだのは、おそらく機能性の付加というよりも、新世代のセダンの有り方に一石を投じる意思を具現化したかったのではなかろうか。

時既に車社会も飽和状態へと至っており、その機能性やスタイルも出尽くした感が及びつつあった。 シックでフォーマルな立ち位置であるセダン車に実用性(・・につながるかもしれない)新たな付加価値をプラスすることで、セダンの存在意義を固持しながらも未来への布石を謳っていたように思える。

それを裏付けるかのように、車そのものの出来は決して悪くはなかった。
後のシャレード・デ・トマソにも改良して積まれることになった、HD1.6リッターエンジンはトルクにも余裕を持ってよく回ったし、ステアリング・足周りもダイハツらしい確かなもので、落ち着いた中にも機敏な操縦性を併せ持っていた。

特筆するのは内装の豪華さで、ダイハツ・フラッグシップとしての品性を兼ね備えていた。

 

浮き立ってゆく時代の中で、ダイハツのイメージリーダーの任を背負って立った「アプローズ」であったが、しかし、その悲劇は新車発表から程なくして訪れた。

車両火災につながる燃料タンク・気圧調整口の設計ミスである。
実際に火災事故にも至ることとなってしまった。

ダイハツでは直ちにリコールを提出し事態への対応と改善を図ったが、火災事故に着目した新聞社から大きなバッシングを受けることとなった。「アプローズ(喝采)ではなく火災だ」と・・。

火災事故につながる設計ミスなど、車にとって致命的な問題であるが、実際問題として後年のホンダや三菱の車でも発生するなど、意外にも少なくないトラブルでもある。

リコールは早急になされ 以降、問題も影を潜めたが、ともあれ この一連の報道以来「アプローズ」には欠陥車のイメージが付いて回ることとなってしまった。 ダイハツ希望の星は出だし早々躓き、後のマイナーチェンジもそれを挽回するには至らなかったのである。

 

ちょっと考えつかないような新たなアプローチでセダン車の革新を狙った「アプローズ」

些細な設計ミスから不幸な事故と宿命を負う迷車となってしまったが、「アプローズ」の不運は ”火災リコール問題” だけではないように思える。

そもそも 一番の肝とも言える「スーパーリッド」を 敢えて隠すかのようなスタイリングは、企画者の深い意図を一般ユーザーに伝えきれていなかった。 ”新世代セダン” は世間からみれば多くの目に ”凡百の普通のセダン車” としか映らなかったのだ。

”クラス以上!” とはよく使われるコピーだが、「アプローズ」はまさにこれに当てはまるかのように質実ともに良く仕上がっていた。 ・・にもかかわらず、そのことを伝える術に欠けていた。 一番の特徴である「スーパーリッド」は目立たせず、その他にこれと言った押し出しのセールスにも薄い・・。

ある意味 優等生過ぎて逆に目立たず、そこへ一度切りの過ちがずっと影を引いてしまった悲運の車とも言える・・。

最後期の「アプローズ」は、当時の10代目 S15型トヨタ・クラウンさえ彷彿とさせる「ミニ・クラウン」とさえ言えそうな趣となって一部の衆目を集めたが、2000年5月 密やかにその生涯を終えた。

 

決して出来は悪くなく素養にも満ちていたのに、口下手な上に世渡りが下手、おまけにつまらないミスで人生に影を落としてしまった可愛そうな人・・。 付き合ってみればその奥の深さとウィットに満ちた人柄に魅力も多そうな希少な車。 「アプローズ」はそんな想いを抱かずにいられない名車だったのだ。

 

 

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