私は砕け散った

以前、昭和関連のグループにも参加させて頂いていたが、ひとつだけ寂しい事があった。

”訃報” が多いのである。

昭和関連、当然 所属するグループ員もそれなりの年齢であり、興味の向く所 昭和時代に輝いていた物事や人物に関することが殆どなのだが、それ故にその対象人物の多くが結構な高齢であり、時にあたって天寿の日を迎える。

その度に ”訃報” のスレッドが立ち、それはそれで当然の流れなのだが、これがまあ何とも寂しいもの・・。 特に自分がファンだったスターや時代に大きな足跡を残した人物であったりすると、正しく巨星墜つのごとく一時代の終焉を思い知らされるばかりだ・・。

 

表題である「私は砕け散った」は フランスの名優 アラン・ドロン が今月7日にインタビューに応じて口にした言葉・・。

9月6日 ”ジャン=ポール・ベルモンド” が パリの自宅で永眠された。88歳だった。

アラン・ドロン の渋さを漂わせた2枚目も好きなので、以前 当ブログでも記事にさせて頂いたが・・、 フランス映画界において正しく重鎮、ドロンと双璧を成したベルモンドも大好きな俳優の一人であり、昭和時代のフランス映画を輝かせた星であった。

 

いちいち ドロンと比較するのは失礼かもしれないが、ドロンが一貫してハンサムでエレガントなイメージを その芯に維持し続けているのに対し、2枚目半のキャラクターを活かしながら、自らの体を張ったアクションからシリアスドラマ、果てはコメディーまで鮮やかに、そして力強く熟してしまうベルモンドの演技と力量は特筆に値するものだった。

彼のファンに男性が多かったと言われるのにも頷けよう・・。

不思議なことに、1964年「リオの男」以降、1970年「ボルサリーノ」1975年「恐怖に襲われた街」辺りまでは、日本でも頻繁に話題に上がっていたが、80年代以降 その影を薄めてしまった。

本国・ヨーロッパでは、まだまだ人気も高く多くの映画に出演されていたのだが、日本において その指向がハリウッドに向き始めたことが関係するのだろうか・・。

今日、完成の域に達したともいえる “アクション映画” の基礎は、殆どベルモンドによるものと言っても過言ではない程なのに・・

巨星といえども いつの日かは墜ちる。 そしてそれは巨星であるが故に波紋は広く深い。 しかし、だからこそ遺したものはとてつもなく大きいのだ。

余談ながら、自分にとって今まで一番 衝撃的だった訃報は ”いかりや長介” 氏だった。何か親父を亡くしたような気分になったものである・・。

 

 

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