祭の予定調和(後)

インフレと言うなら かなりのインフレだったのだろう。

昭和39年の東京オリンピックしかり45年の大阪万博しかり、その前後から物価は大きく高騰した。 全体的な景気上向きの中でのビッグイベントということで脈絡のない便乗値上げも多発する。

『ペエスケ』や『はじめ人間ギャートルズ』で知られる園山俊二氏の作品の中で、「また値上がり〜?!」と訝る主婦に「万博だかんねw」とヘラヘラ笑いながら返す八百屋の大将の一コマがあったことを覚えている。

良くも悪くも好景気とは そういった側面も少なからず持ち合わせているものなのだろう。 生活は苦しくとも世の趨勢は上向き、頑張ればいつか自分の暮らし向きも良くなる。そう思えたからこその熱気に溢れた時代であり、それを象徴するかのような祭であったのだろう。

 

万博に湧く世の中、自分の親は銭湯勤めであったこともあって休みが取れなかった。

ある朝、隣りの豆腐屋の親父さんが来て私を一日貸してくれと親に言う。豆腐屋の娘さんが私と2歳違いでよく一緒に遊んでいたので、日頃から家族ぐるみの付き合いがあったのだ。

親父さんの家族に混じって出掛けると中央駅に着いて、開業からまだ6年程の新幹線に乗ると言う。 もうそれだけで舞い上がってしまった・・w。
ビュッフェで食べた食事には味わう余裕さえなく、さらに車内から家に電話をかけてみろと言われ 手に取った受話器には(大袈裟ながら)無限の未来を感じたものだ。
(ビュッフェは2000年代はじめ、車内電話は今年 廃止となった・・)

新幹線とはいえ当時はまだ2時間近く掛かったのかもしれない。それでもめくるめく高揚の気分の内に千里の地に私たちは着いたのだ・・。

極めて個人的な、つまらない日記のような内容になった、ご容赦願いたい・・。

 

日帰りの万博訪問、限られた時間の中であったが 、一つくらい人気のパビリオンにも入っておこうということで入場を決めたのが、前編で触れた「富士パビリオン」だった。

このパビリオンも万博の華のひとつで、巨大バルーンチューブをつなげたような独特の形状が異彩を放っていた。

入場まで 40〜50分位の待ち時間だっただろうか、内部は全天型のマルチスクリーンに多彩な映像が映し出されている。あまりに色々な映像が一挙に映し出されるので、子供の身には正直なところ何が何だか な感じであったが、ハイパービジョンとでも言うべきアトラクションは、現在に続く映像技術の通過点でもあったのだろう。

因みに この富士パビリオン、そのカラフルな外観、映像を駆使したイベントから、当時 爆発的に売上を伸ばしていたカメラ・フィルムの「富士フイルム」による出展・運営と思われがちだが、正式名称「富士グループパビリオン」の名のとおり「富士銀行」(芙蓉グループ)による出展運営である。

「富士フイルム」(三井グループ)の方は「三井グループ館」をはじめとして「日本政府館」などの映像プロセスに関わっており、「富士パビリオン」とは関係ないようだ。

 

夕刻、とりあえず入った入場客もまばらな小さな一館は「アブダビ館」だったことを覚えている。アラブ首長国連邦を構成する一国であり事実上のリーダーだそうな。既に石油・天然ガスエネルギーと切っても切れない時代となっていた両国故の出展だったのかな・・。

日もとっぷりと暮れ、最後に入ったパビリオンが何処のパビリオンだったか覚えていない。

化学関連企業の出展だったのか、あちらこちらに設置された太いパイプからモコモコと不思議な泡が吹き出していたことだけ記憶に残っている。

今にして思えば、熱に浮かされたかのような一日の終わりに真にふさわしい、泡沫の夢のようなエンディングだったのかもしれないな・・。

 

世界の国々が集い それぞれの文化や技術をお披露目した “万国博覧会” だったが、特にこの “技術” に関しては国力や経済に直結する内容であることから、ある意味 “博覧会の主題” とも言えるものであろう。それだけに開催国国民の意気高揚や世界に対する国力誇示の意味合いも少なくない。

しかし、近代に寄せるに連れ、技術は安易にひけらかすものではなく、隠密裏に有効に進めて主導権を握るものという性格が強まるに連れ、技術成果満載の国際博覧会は鳴りを潜めていった。 大阪万博は世界に誇る日本技術の展覧という、ある意味 最後の技術博覧会だったのかもしれない。

この後、20年にわたって日本は成長を続けるが、日本が世界から学んだように世界も日本から学んだ。 コンピューター関連開発に乗り遅れ、宇宙開発に乗り遅れ、ワクチン開発に資金が回らない・・ それは単に技術の話ではなく、新技術を呼び込み生み出し そして育ててゆく先見の明と、長期的な運用のための覚悟であろう。

 

時代は変わり 世界はいよいよ合理性を高め、それとともに短期間・短視点での利益追求の度合いを高める傾向にある。

CMで謳われる美辞麗句とは裏腹に、もはや夢など見ている暇などないとでも言いたげだ。 それはオリンピックを含む国際的なイベントにも如実に現れている。

 

流行病はともかく その他に起こる少々の問題は、開催に対して国民的な支持が高ければ それなりに解消されながら進むはずだが、近年ではその支持が中々得られ難い。

(人々の)志向性の多角化もあろうが、オリンピックや博覧会そのものの開催意義が、アスリートや国民を置き去りにしている事が根底にあるように思えてならない。

“経済効果” が実利として存在することは確かだが、それとて誰のための経済効果だ?ということだろう。 巨大な計画とはそういうものなのかも知れないが、大衆の支持を得られないイベントは、畢竟 形骸化の道を辿ることもまた事実なのだ。

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