チンチン電車

ブログを書いていると 結構な頻度で、”この文脈ではどの漢字を使うのだろう?” とか “この語句の使い方これで良かっただろうか?” などと悩む事がある。

「硬い、固い、堅い」の使い分けや、「・・という、・・と言う」「話、話し」 送り仮名や、ここで 漢字を使うべきか否かなど、文章力の高い方から見れば、やれやれ、こんな程度の・・と呆れ返りそうなレベルの語句であっても、さて 書き始めてみると中々に難しい。

人様に見ていただく文章をなるべく正しい形で届けるというのは、私レベルの脳ミソではそれなりに負担を感じる作業でもある。

 

・・で、今回、?と思った表記が「チンチン」である。「チンチン電車」と書くべきか?「ちんちん電車」と書くべきか? という、ア◯みたいなレベルで迷ったのだ・・。

例によってネットで見ると「チンチン」も「ちんちん」も半々といった感じ・・。その命名の出所であろう 警鐘の音の感じから「チンチン」表記を採用した。 素直に「路面電車」と書けば良いものを、そう書かないのは・・まぁ そういう性分だからであろう・・。

つまるところ、子供の頃から感じていた「チンチン電車の ”チンチン” って、・・何かアレだよな・・」という感覚が未だに抜けていないのだろう。要するにこの歳になっても子供脳なのである。

 

本題・・、 現在でも全国で18の都市で路線が営業を続けているそうだ。

都市内の移動手段としては決して悪くない形態の乗り物であり、近年では再評価され公共の交通機関として再敷設される国も少なくないとされる。(特にヨーロッパ圏)

昭和30年代に隆盛を振るい、40年代初頭から半ばにかけても まだまだ全国的に現役であって、市民の足として日夜活躍していた。 モータリゼーションの勃興、爆発的に増えていった乗用車に押されて円滑な運行がし難くなったこと、路線バスの普及に伴い減少の一途を辿った。

 

子供の頃は名古屋に在住していたので、当然 市内のチンチン電車もよく利用した。
当時、まだ木製の床だったように記憶している。

肝心の「チンチン」の音は、ウン、まぁ確かに鳴っていたかな・・程度である。

何故か、お出掛けの帰り、日も暮れ 辺りが夕闇に包まれる中、灯りを灯しながら走っている車内のイメージが心の中に焼き付いている・・。

それこそ「ガタンゴトン」と独特の揺れと軽い振動音を聞きながら、「あぁ もうすぐ家に帰るんだな・・」と 子供心に感じていたことを思い出す。 まさに しっとりとした時の流れとは、あのような瞬間を言うのであろうか・・。

子供心と言えば、チンチン電車の格好そのものは当時既に それほど垢抜けたものとは思えなかった。いつぞやのカセットテープレコーダーの記事 と同じである。増え続けてゆく乗用車たちの方が未来的で時代の先端のように思えていたのだろう。

 

現在のチンチン電車は如何なるものかと検索してみれば・・(こちらを参考にさせて頂いた)、

北海道のはスゴイな!もう ラッセルチンチンやんコレ・・

でも、何かこう・・およそ ”チンチン電車” ではないように思えるのが何台か有るな、これは・・。
何か “トラム” とか書いてるけど・・。 ウン、格好良すぎてチンチン電車ではない、未来ロードトレインだ!(←ものすごくダサい命名) 「チンチン」とは鳴らさずに「パフォーン♪」、走るときも「ガタンゴトン」どころか「シュイーン・・」とかいって滑らかに走りそう。

豊橋や広島、高知などではレトロなタイプの車両も現役なようだ。 そうそう、チンチン電車はこれでなくては・・

子供の頃、旧態依然と感じたあの形も、その時の情景、その時代の空気とともに私の人生の根幹部分を支えているのだろう・・。

 

漫画家であり鉄道 / 路面電車マニアでもある 池田邦彦氏 の作「でんしゃ通り一丁目」を持っている。 昭和30年代、都電の車掌である青年マサヨシさんと地方出身のノン子ちゃんの淡い恋物語が主軸になっているが、当時の都電を取り巻く風景や社会の状況も情緒豊かに描かれている。

技術的にもまだ未熟で、何事にもある意味大雑把であったあの頃、そして、本当の意味での “ゆとり” が多少なりとも残っていた時代、あの時代ならではの喧騒と間延びを象徴するかのような「チンチン」「ガタンゴトン」の音が今は何とも懐かしく恋しいのだ。

 

 

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