君は昇降機ガール

 

先に申し上げておきます。 本日の記事には一部、カミさん曰く「あんたが男だからそう思うんじゃない?」の部分がございます・・*。 はい、そのとおりかもしれません・・・・m(_ _)m。 と、いう訳でその程度の内容と御覧くださいませ・・。

「男女雇用機会均等法」 ご存知の通り “男女の均等な機会及び待遇の確保” のために設けられた法制度だが、意外というか何というか、その制定・施行は昭和47年というから既に半世紀が経とうとしている・・。

その間 果たしてどれほど雇用の均等化が進んだのかは解らないが、社会の様々な職種・技術・役職で女性の進出が見られてきているのは、女性自身の意識の変化とともに、ある程度法制度も功を奏しているのだろう。

反して、女性に対する間口や機会はまだまだ狭く給与体系も不透明という意見もあり、完全な解決には未だ相応の時間を要するのかもとも思われる・・。

 

そんな今時 ”女性らしい” などというキーワードを用いたならば、それこそ顰蹙を買うかもしれないが、昭和以降、そして現在に至るまで ”女性ならではの” 「しとやかさ」や「細やかさ」 「品の良さ」を活かした職種がいくつか存在する。

会社や銀行などの窓口業務に女性が多く配されるのも、先ずは当たりの柔らかさ、対応の細やかさを重視したものだろう。

店先の店員さんにしても オッサンが出てきて「はい、いらっしゃい!」より、女性の柔らかな「いらっしゃいませ」「ご案内致します」の方が やはり安心して買い物が出来る。 (←* たぶんここらへん)

 

こんな感覚自体が前時代的と言われれば そうなのかもしれないが、この ”女性ならではの柔らかさ・細やかさ” を売り?にした業務が、昭和の時代にはもっと華やかに振るっていた。

バス・ガール もそのひとつ、歌にも歌われた(智恵子さん可愛らしい!) 要するに車掌さんであり長時間揺れる車内で切符を売ったり客の対応をしたりと、女性らしさとは裏腹にかなりの重労働だったのではなかろうか。

元々は男性車掌による仕事であったが、いつしか女性が多くなり、やがてワンマン化とともに車掌そのものが消えていった・・。

 

スチュワーデス、 一時フライトアテンダントになり現在ではキャビンアテンダントと呼ばれている。 これもまた落ち着き払っているように見えて バス・ガールともども、かなり多忙な仕事なのではと思われる。 名称が変わったのは男女云々というよりも “Steward” という語彙そのものに従属的な意味合いがあったからだそうだ・・。

デパートの総合案内係、これも当時の女性 憧れの職種だったといわれる。 美貌と気品を兼ね備えて その店の顔ともなり得る仕事であり、ステータス・シンボル的要素も併せ持っていたが、総合的な知識と案内、苦情の対応など苦労も多いのではとも思える。現在も大手百貨店から大型商業施設では女性が担当されていることが少なくない。

 

そして 今日の大喜利? エレベーター・ガール

当時、デパートなどのエレベーターには専用の乗務員がおり、各階の案内をしてくれた。
「4階 婦人服、子供服・・5階 紳士服・・」 といった按配である。
行きたい売り場を告げればその階数のボタンも代わりに押してくれた。

32年ほど前だったか、会社旅行で北海道に行った時、当地の観光施設のエレベーターでこの担当職種を見たのが、私にとってエレベーター・ガールを見た最後の機会だった。一日何百回と地上と展望階の往復、同じ文言案内の繰り返しで疲れていたのか、棒読みのアナウンスだったことが印象に残っているw。

しかし、昭和40年代、 稀のお出掛けで訪れるデパートのエレベーター・ガールは、気品に溢れ、通常では耳にすることのない柔らかいな話法を駆使する、優しいお姉さんであった。

一日中立ちっぱなしで(もちろん交替などあったろうが・・)、時には満員になり充塞する密閉された空間の中で居続け、似たような文言を繰り返す業務にもかかわらず、微塵もそれを感じさせずに優雅に案内を続けるには、かなりの忍耐を必要としたであろう・・。

そもそも、当初(昭和4年 松坂屋)一般人素人に機械操作をさせる危険と不便を避ける意味合いから配置されたであろうエレベーター・ガール。(それまでは男性の業務だったらしい)

デパートで逢える素敵なお姉さん・・。それも エレベーターの自動化・安全性の向上に伴い、現在 見かけることは稀有となった。(東京の百貨店など一部の施設では今でも健在)

もう一度 あのベルベットボイスを聴いてみたいものだが・・


世界のエレベーター・ガール(エレベーター・アテンダント)

 

 

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