土曜の夜の芸術

「芸術」 という言葉を聞くと「難しい」「よく解らない」という言葉が返ってくる。
個々人の感想であり、別に悪い訳でも何でもないのだが、どういうわけか 日本人には かなり「芸術」という言葉に対してアレルギーを持っている人が多いように思える。

確かに難解というか、何を主張しようとしているのか解りにくい表現主体もあるのだが、まぁそれはそれで構わない。解る人には解る、それでOK。

要するに ”見て” ”聞いて” ”感じて ”、”楽しい” ”気持ちいい” ”悲しい” ”不快だ” など、心を震わせ感動を覚えさえすれば、それで芸術は成立しているし、芸術の有意性はそれ以上でも以下でもない・・。

あまり言いたくはないが、文明開化といわれた時代辺りから形成されてきた「◯壇」とか「◯◯界」などに居られた方々の一部と、それに纏わり仕事を得てきた人達による『芸術とは特別・高尚なもの、極めて意義深いもの』的プロパガンダが、ずっと影を落としているように思えてならない・・。

 

やっぱり面倒くさい文章になってしまった (-_-;)

・・ンで、何でこんなことを言い出したのかというと、クラシック音楽が好きで、持っているCDなども7割方がそれにあたる。 ベートーヴェンやモーツァルトは もひとつ好みでなく、グリーグやシベリウス、そして、マーラーやショスタコーヴィチなど、オーケストレーション鮮やかなものが好きである。

クラシック音楽を聞き出したのは二十歳過ぎからだったが、それまではクラシックのクの字も聴かなかった。 「アリス」などのバンド系、「大貫妙子」などのニューミュージック系、時に「Judas Priest」などのハードロックなどを聴いていた。(しかしバラバラだな・・)

それでも クラシック音楽にどこか想い入れがあったようで(これについては後日・・)、それは とある昭和の番組の1曲につながっていた・・。(ようやく昭和の文字が出てきたよw)

 

グスタフ・ホルスト 組曲「惑星」から 第4主題「木星」

この曲の3分10秒を越える辺りから始まるメロディーが、子供の頃から深く心のなかに残っていた。

聞けば ご存じの方も多いのではないかと思う。昭和43年から52年まで放映されていた『土曜映画劇場』(解説:児玉清 他)のエンディングテーマとして流れていた曲だ。

美しく豊穣な抑揚に溢れたストリングスは、近年ではCM等で用いられることも多く、また平原綾香のデビュー曲『Jupiter』にも転用されたことで、多くの人の知るところとなった。

本国イギリスでは “エドワード・エルガー” の「威風堂々」と並んで国歌に準ずるほどの愛国歌として認識されているそうだ。

 

昭和の中盤から後半、テレビ番組の夜9時からは「映画番組」が目白押しだった。30年代まで国民の娯楽であった “映画” が、テレビの台頭とともに斜陽産業となり、封切り後、時間の経った作品をテレビ向けに配給するシステムが確立されてからは、テレビで映画を楽しむ機会が増え それもまた国民の娯楽の形となっていった。

そして それらの番組で流れるテーマミュージックも、見る者にとって忘れ得ぬ 音のアイコンとなったのだ。

 

『日曜洋画劇場』 「ソー・イン・ラヴ (So in Love)」

『水曜ロードショー』 「水曜日の夜(ニニ・ロッソ)」

『金曜ロードショー』 「Friday Night Fantasy(ピエール・ポルト)」

など、どれもこれも心を掴んで離さない珠玉の旋律と言えよう。

 

昭和の夜を彩った ”映画番組” のエンディングテーマ達、私がそこからクラシック音楽に興味を深めたのと同じように、 様々な想い出を広げられた方も多いに違いない。
良質な音楽と感動は人の一生の宝物となるのだ。

今回、”昭和の映画番組テーマ音楽” の括りで記事を書いたが、この手の記事を書くなら『日曜洋画劇場』の「ソー・イン・ラヴ (So in Love)」をメインに持ってくるのが定番である。

それほどまでに「ソー・イン・ラヴ (So in Love)」は「サヨナラ・サヨナラ・サヨナラ」と絡めて圧倒的なので・・、何事にも斜を行く私はあえて『土曜映画劇場・木星』とした。
変わらずヘンコな性分である・・。

 

 

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