お求めはお米屋さんで

題名でピンと来られた方も多かろう、清涼飲料水「プラッシー」のCMフレーズである。

昭和40年代 高度成長期の真っ只中、巷には既に様々な食品や電化製品が広まり定着しつつあったが、一般庶民の生活はまだまだ その勢いに乗せての発展途上、現在のように冷蔵庫を開ければ いつでも何かしらの飲み物が・・と、いうわけにはいかなかった。

「コカ・コーラ」「ペプシコーラ」をはじめとして「ファンタ」「バヤリースオレンジ」「リボンシトロン」「三ツ矢サイダー」など、後に続く飲料水百花繚乱の黎明期とも言えたこの時代ではあったが、未だこれらの飲み物には “たまにありつける” “特別感” が宿っていた。

当時の価格が幾ら位だったか憶えていないが、まあ一本¥30円程度だったのかな? 親にしてみれば そんな割高なものホイホイ買ってられないといったところだったのだろう。

 

そんな我が家が時折(まあ夏場であろう)月に一度? ケース(2ダース?)で買い込んだのが「プラッシー」であった。

炭酸を含まない “清涼飲料水” であったのが子供心に物足りないような気がしたが、この時期 それも数日に1回飲めるかどうかのジュースは何よりのご馳走だった。

市場や菓子屋ではなく “お米屋” さんでないと買えない というのがまた不思議で、親からの洗脳の効果も相まって「コーラや他のジュースよりも健康に良いジュース」という感覚を持っていた。

味は大きなクセもなく飲みやすいものであったが、何故か他のジュースとは一線を画した味わい というか果汁っぽさがあって、当時の夏の想い出とともに今でも舌の何処かにその記憶と名残をとどめている。

飲料水製品の種類は星の数ほども増え、(各ご家庭へお届けする)お米屋さん自体も減り「プラッシー」は、1980年代に一旦 休版製品となるも復活を望む声も多かったらしい。

製造販売会社も「武田食品工業」から「ハウスウェルネスフーズ」へと姿を変え、現在「PLUSSY プラッシーオレンジ」としてリニューアル販売されているらしいが・・、 さて飲んでみたものか・・悩みどころ・・。

 

 

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA